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  <author_name>dokuhebiniki</author_name>
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  <blog_title>文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』</blog_title>
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  <description>来週、某雑誌の企画で、塩見孝也氏と対談することになった。「塩見孝也」と言えば、70年前後の左翼過激派の象徴的名前であり、僕のような保守派にとっても忘れられない畏怖すべき名前である。ブント分裂闘争を経て、関西ブントを中心に共産同赤軍派を結成し、議長に就任、過激な武装闘争を主導、「よど号事件」として知られる「ハイジャック闘争」を指揮の途中で逮捕され、その後、長い獄中生活のために政治運動の表舞台からは消えたが、その存在は左翼思想史に燦然と輝いている。僕は、学生時代から、市民運動レベルの学生運動でしかなかったべ平連や全共闘は嫌いであり、軽蔑していたが、塩見氏ら「過激派」の運動に対しては、それなりに一目…</description>
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  <published>2011-10-29 11:39:08</published>
  <title>元赤軍派議長・塩見孝也氏との対談をすることになった。塩見孝也と言えば、70年前後の左翼過激派の象徴的名前であり、僕のような保守派にとっても忘れられない名前である。共産同赤軍派議長として過激な武装闘争を主導し、「よど号事件」として知られる「ハイジャック闘争」を指揮の途中で逮捕され、その後、長い獄中生活のために政治運動の表舞台からは消えたが、その存在は、左翼革命運動史に、いまだに燦然と輝いている。</title>
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