<?xml version="1.0" encoding="utf-8" standalone="yes"?>
<oembed>
  <author_name>dokuhebiniki</author_name>
  <author_url>https://blog.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/</author_url>
  <blog_title>文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』</blog_title>
  <blog_url>https://dokuhebi.hatenablog.jp/</blog_url>
  <categories>
  </categories>
  <description>柄谷行人の『世界史の構造』が刊行されたのは2010年6月24日で、すでに2年近くたっている。「伊達直人ブーム」以前であり、「311大震災・原発事故」以前であった。「贈与」と「互酬」を思い起こさせる二つの事件は、柄谷行人のこの本のテーマと無縁ではなかった。純粋贈与とも言うべき「伊達直人ブーム」が起きたのは、「抑圧されたものの回帰」(フロイト)であり、「311大震災・原発事故」直後に世界的に湧き起った「募金、ボランティア」ブームも、「贈与」と「互酬」というものの「抑圧されたものの回帰」に他ならなかった。つまり、この本は、予言的であった。僕は、本質的・原理的な本は、いつも予言的であると考えている。そ…</description>
  <height>190</height>
  <html>&lt;iframe src=&quot;https://hatenablog-parts.com/embed?url=https%3A%2F%2Fdokuhebi.hatenablog.jp%2Fentry%2F20120219%2F1329633806&quot; title=&quot;柄谷行人の「互酬交換論」を読むーーー互酬交換は、何故、国家の成立を妨げるのか？　柄谷行人の『世界史の構造』は、「互酬交換」「略取と再分配」「商品交換」という三つの交換様式という観点から人間の社会構成体の歴史を再構成し、そしてまだ実現してはいないが、やがて遠い将来、あるいは近い将来、実現するかもしれない社会を、「互酬交換社会の回帰(再来)」として構想するものだ。柄谷行人の『世界史の構造』が、マルクスの言う「国家の廃棄」を大きなテーマにしていることは明らかであるが、この国家の廃棄という問題は、ある歴史的段階に - 文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』&quot; class=&quot;embed-card embed-blogcard&quot; scrolling=&quot;no&quot; frameborder=&quot;0&quot; style=&quot;display: block; width: 100%; height: 190px; max-width: 500px; margin: 10px 0px;&quot;&gt;&lt;/iframe&gt;</html>
  <image_url></image_url>
  <provider_name>Hatena Blog</provider_name>
  <provider_url>https://hatena.blog</provider_url>
  <published>2012-02-19 15:43:26</published>
  <title>柄谷行人の「互酬交換論」を読むーーー互酬交換は、何故、国家の成立を妨げるのか？　柄谷行人の『世界史の構造』は、「互酬交換」「略取と再分配」「商品交換」という三つの交換様式という観点から人間の社会構成体の歴史を再構成し、そしてまだ実現してはいないが、やがて遠い将来、あるいは近い将来、実現するかもしれない社会を、「互酬交換社会の回帰(再来)」として構想するものだ。柄谷行人の『世界史の構造』が、マルクスの言う「国家の廃棄」を大きなテーマにしていることは明らかであるが、この国家の廃棄という問題は、ある歴史的段階に</title>
  <type>rich</type>
  <url>https://dokuhebi.hatenablog.jp/entry/20120219/1329633806</url>
  <version>1.0</version>
  <width>100%</width>
</oembed>
