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  <author_name>hiyakkoikiton</author_name>
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  <blog_title>大漁、異漁。耀</blog_title>
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    <anon>小説</anon>
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  <description>冬には雪にとざされて往き来はとうてい出来ず、夏でも歩いていくとなると普通の人にとってはたいへんな遠征となりかねないような場所に、きわめて個人主義的な理由によって悠々と住んでいる人たちが、アメリカにはたくさんいる。あの広い国のなかには、そのような場所はいくらでもあるし、そこに住む人たちもまた、ヴァラエティ豊かにたくさんいる。 片岡義男『個人的な雑誌 2』。1988年の本。アメリカの自由や、撤回や、バイアスや、教育について。片岡義男がじゅうぶんに大人なので分析がしっかりしている。 アメリカの低金利政策について。 〈利子が低くなって家が買える、というだけの理由で大統領を選ぶ人たちは、自分が幸福をとこ…</description>
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  <html>&lt;iframe src=&quot;https://hatenablog-parts.com/embed?url=https%3A%2F%2Fhiyakkoikiton.hatenadiary.jp%2Fentry%2F20171121%2F1514724912&quot; title=&quot;〈たいていのことは画面で見せてしまうアメリカのTVニュースと、アンカーが表面的にすべてを語ってしまうニュースのあいだには、当然、大きなへだたりがある。アメリカが常に前者であり日本は後者だ、と言うつもりはまるでないし、ぼくの体験などきわめてせまい範囲のことだから、体験をそのまま普遍のようなものへ引きのばすことはしないけれど、まず見せてしまう画面と、ひとりの人が語ってしまう画面とでは、それをとおして見えてくる世界の複雑さが桁ちがいに異ってくることだけは確かだ〉 - 大漁、異漁。耀&quot; class=&quot;embed-card embed-blogcard&quot; scrolling=&quot;no&quot; frameborder=&quot;0&quot; style=&quot;display: block; width: 100%; height: 190px; max-width: 500px; margin: 10px 0px;&quot;&gt;&lt;/iframe&gt;</html>
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  <published>2017-11-21 21:55:12</published>
  <title>〈たいていのことは画面で見せてしまうアメリカのTVニュースと、アンカーが表面的にすべてを語ってしまうニュースのあいだには、当然、大きなへだたりがある。アメリカが常に前者であり日本は後者だ、と言うつもりはまるでないし、ぼくの体験などきわめてせまい範囲のことだから、体験をそのまま普遍のようなものへ引きのばすことはしないけれど、まず見せてしまう画面と、ひとりの人が語ってしまう画面とでは、それをとおして見えてくる世界の複雑さが桁ちがいに異ってくることだけは確かだ〉</title>
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