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  <author_name>HODGE</author_name>
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  <blog_title>The Reverberator</blog_title>
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    <anon>子どもへの性的虐待とセクシュアルハラスメント問題　～　「クィア」の横暴に抵抗するために</anon>
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  <description>森田ゆり『子どもと暴力 子どもたちと語るために』（岩波現代文庫）より 性虐待がかなりの数で起きていること、そしてその被害者への影響の深刻さが明らかになるにつて、1970年代の後半から北米では子どもたちに防止教育を提供する動きが市民レベルで始まった。 日本で全国規模で行われているCAP（キャップ、子どもへの暴力防止）は1978年にオハイオ州コロンバスのレイプ救済センターが開発したプログラムで、暴力防止教育プログラムの草分け的存在である。 1980年代に入ると北米では似たようなプログラムが次々と誕生し、保育園、学校で実施され始めた。CAPの場合は性虐待に限らずいじめを含むあらゆる子どもへの暴力の防…</description>
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  <html>&lt;iframe src=&quot;https://hatenablog-parts.com/embed?url=https%3A%2F%2Fhodge.hatenablog.com%2Fentry%2F2016%2F02%2F06%2F015827&quot; title=&quot;なぜ子どもへの性的虐待加害者の行動原理を知らなければならない必要に駆られるのか。それはこの社会ではこれまでずっと被害者の声が無視されてきて、そしてこれからも被害者やその家族、友人、知人、支援者たちがいないことを前提にした「組織的暴力」によって被害者と加害者が同列に置かれ、時にまるで被害者らの心の痛みよりも加害者の欲望を優先させるかのような要求を突き付けられ、それによって被害者たちがさらに、これまで以上に、沈黙させられてしまうからだ──そのような世界の中にあっても居場所を探さなくてはならないからだ。 - The Reverberator&quot; class=&quot;embed-card embed-blogcard&quot; scrolling=&quot;no&quot; frameborder=&quot;0&quot; style=&quot;display: block; width: 100%; height: 190px; max-width: 500px; margin: 10px 0px;&quot;&gt;&lt;/iframe&gt;</html>
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  <published>2016-02-06 01:58:27</published>
  <title>なぜ子どもへの性的虐待加害者の行動原理を知らなければならない必要に駆られるのか。それはこの社会ではこれまでずっと被害者の声が無視されてきて、そしてこれからも被害者やその家族、友人、知人、支援者たちがいないことを前提にした「組織的暴力」によって被害者と加害者が同列に置かれ、時にまるで被害者らの心の痛みよりも加害者の欲望を優先させるかのような要求を突き付けられ、それによって被害者たちがさらに、これまで以上に、沈黙させられてしまうからだ──そのような世界の中にあっても居場所を探さなくてはならないからだ。</title>
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