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  <author_name>hojo_lec</author_name>
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  <blog_title>来 る べ き 書 物</blog_title>
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    <anon>日本史概説 I（12春）</anon>
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  <description>確かに、ピラミッドほどの高さは必要とはしていなかったのでしょうね。あの人工的景観自体当時としては異様で、被支配者へ訴えかけるインパクトは相当なものであったと推測されます。また、その形状自体が神仙的世界を体現しており、宗教的に高度な意味づけが行われていました。次回以降に詳しくお話ししますが、当時水は祭祀の基本であり、かつ他界への入り口とも考えられていたので、周濠は古墳とそれ以外の世界とを区切り、神聖化する機能を帯びていたとみるべきでしょう（ちなみに前方後円墳を壺型とみた場合、埋葬施設のある円部分は奥、陸橋である方部分〈産道？〉は手前となります）。古墳が首長の生前に築造されたものなのか、あるいは死…</description>
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  <html>&lt;iframe src=&quot;https://hatenablog-parts.com/embed?url=https%3A%2F%2Fhojo-lec.hatenablog.com%2Fentry%2F20120521%2F1337993414&quot; title=&quot;ピラミッドやマヤの神殿などには頂点がありますが、日本の古墳は平たい印象があります。高さよりも大きさの方が権力を表せたのでしょうか。　／　前方後円墳は鍵穴の形で写真・図に出ていますが、正面は方形のほうとみてよいですか。　／　前方後円墳は周濠に取り巻かれていますが、その水には何か意味があるのでしょうか。　／　前方後円墳を作るのにはどれくらいの年月がかかったのでしょうか。また、それは王の死後に造営を始めるのですか、それとも王の死を見越して準備しておくのですか。　／　古墳の築造において、役夫たちの士気を保っていた - 来 る べ き 書 物&quot; class=&quot;embed-card embed-blogcard&quot; scrolling=&quot;no&quot; frameborder=&quot;0&quot; style=&quot;display: block; width: 100%; height: 190px; max-width: 500px; margin: 10px 0px;&quot;&gt;&lt;/iframe&gt;</html>
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  <published>2012-05-21 09:50:14</published>
  <title>ピラミッドやマヤの神殿などには頂点がありますが、日本の古墳は平たい印象があります。高さよりも大きさの方が権力を表せたのでしょうか。　／　前方後円墳は鍵穴の形で写真・図に出ていますが、正面は方形のほうとみてよいですか。　／　前方後円墳は周濠に取り巻かれていますが、その水には何か意味があるのでしょうか。　／　前方後円墳を作るのにはどれくらいの年月がかかったのでしょうか。また、それは王の死後に造営を始めるのですか、それとも王の死を見越して準備しておくのですか。　／　古墳の築造において、役夫たちの士気を保っていた</title>
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