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  <author_name>hojo_lec</author_name>
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  <blog_title>来 る べ き 書 物</blog_title>
  <blog_url>https://hojo-lec.hatenablog.com/</blog_url>
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    <anon>日本史概説 I（12春）</anon>
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  <description>多くは、岩石を砕いて製作した顔料によるものですね。その作成と描画に関しては、専門的知識・技術を持つ氏族集団が存在したと考えられます。例えば、喪葬儀礼全体を統括していた土師氏。彼らの配下では、恐らく施朱に従事していた赤染氏・常世氏などが活躍していたので、他の色の場合も彼らが担ったか、あるいは同様の氏族集団が存在したものと推測されます。各色の意味については明確ではありませんが、例えば中国の陰陽五行説（木・火・土・金・水の五元素にあらゆるモノ・現象を配当し、その生成関係や対立関係から世界のありようを説明する考え方）では黄は土属で中央（後に皇帝の色となる）を表し、青は木属で東、季節では春（生命の湧出）…</description>
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  <published>2012-05-28 14:28:12</published>
  <title>装飾古墳に使われる鮮やかな色彩は、どのように作られたのでしょうか。また、その顔料の作成や描画を行ったのは、専門の職人だったのですか。　／　被葬者への施朱は、いつ頃まで行われていたのでしょうか。　／　壁画に用いられている他の色にも、朱のように特別な意味があったのでしょうか。</title>
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