<?xml version="1.0" encoding="utf-8" standalone="yes"?>
<oembed>
  <author_name>hojo_lec</author_name>
  <author_url>https://blog.hatena.ne.jp/hojo_lec/</author_url>
  <blog_title>来 る べ き 書 物</blog_title>
  <blog_url>https://hojo-lec.hatenablog.com/</blog_url>
  <categories>
    <anon>日本史概説 I（12春）</anon>
  </categories>
  <description>食物は捕食主体の身体を構築するものですから、生命は食物によってその土地に生かされている、別の言い方をすれば束縛されているという発想が、古くからあったようです。これが社会的に複雑化してきますと、ある社会なり共同体なりに新しい成員が加わるとき、そこで作られた料理を食べさせることで帰属の証とする通過儀礼が生じてきます。平安時代には「三日夜の餅」という儀礼があり、露顕（ところあらわし）という、現在の結婚披露宴の一環として行われました。具体的には、露顕の夜に新郎新婦へ祝いの餅が供されることで、妻家の竈で作った料理を食べさせ婿を同族化する意味があると推測されています（中村義雄『王朝の風俗と文学』塙選書、1…</description>
  <height>190</height>
  <html>&lt;iframe src=&quot;https://hatenablog-parts.com/embed?url=https%3A%2F%2Fhojo-lec.hatenablog.com%2Fentry%2F20120528%2F1338701295&quot; title=&quot;他界の食べ物を食べると帰れなくなるというモチーフはよく耳にしますが、普遍性のある理由が何かあるのでしょうか。また、３人の人間が冒険に出て一番最後の者のみ成功するという話もよくありますが、３という数字には世界共通の意味があるのでしょうか。 - 来 る べ き 書 物&quot; class=&quot;embed-card embed-blogcard&quot; scrolling=&quot;no&quot; frameborder=&quot;0&quot; style=&quot;display: block; width: 100%; height: 190px; max-width: 500px; margin: 10px 0px;&quot;&gt;&lt;/iframe&gt;</html>
  <image_url></image_url>
  <provider_name>Hatena Blog</provider_name>
  <provider_url>https://hatena.blog</provider_url>
  <published>2012-05-28 14:28:15</published>
  <title>他界の食べ物を食べると帰れなくなるというモチーフはよく耳にしますが、普遍性のある理由が何かあるのでしょうか。また、３人の人間が冒険に出て一番最後の者のみ成功するという話もよくありますが、３という数字には世界共通の意味があるのでしょうか。</title>
  <type>rich</type>
  <url>https://hojo-lec.hatenablog.com/entry/20120528/1338701295</url>
  <version>1.0</version>
  <width>100%</width>
</oembed>
