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  <author_name>hojo_lec</author_name>
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  <blog_title>来 る べ き 書 物</blog_title>
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    <anon>日本史概説 I（15春）</anon>
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  <description>日本では近世に至るまで、性的なことがらについて非常に寛容でした。現在でも生殖器信仰の祭祀、年中行事は残っていますし、欧米に対して性に関する禁忌も曖昧です（それが売春／買春などの横行を許容している一要因にもなっていますが）。一般にそうした風潮が抑圧され、社会の表面から排除されてゆくのは、やはり近代化の過程においてです。もちろん、それまでにも儒教などのなかに「淫猥」を否定する思想はあり、いわゆる武家の文化では「隠すべきもの」とされてきましたが、一般社会においては概ね寛容であったわけです。しかし、近代化のなかでそうした「欧米から軽蔑される要素」を「公序良俗に反するもの」として否定し、厳格な社会秩序、…</description>
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  <published>2015-04-27 09:44:10</published>
  <title>土偶やストーンサークルは性を命の象徴として扱っていますが、現代では性はいかがわしいものとされています。性を命の象徴と尊ぶのは古代だけなのでしょうか。また、そうした考えはいつ頃変化したのでしょうか？　／　生殖器信仰はなぜ主流ではなくなっていったのでしょうか。とくに、キリスト教のような禁欲的な宗教が生まれる背景を知りたいです。</title>
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