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  <author_name>hojo_lec</author_name>
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  <blog_title>来 る べ き 書 物</blog_title>
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    <anon>超域史・隣接学概説III（17春）</anon>
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  <description>宗教はヒトが生み出したものですし、神の業績にしても何にしても、歴史学的・人類学的にみれば人間の活動の投映です（もちろん、神学的には異なる理解がありえます）。よって、ヒトを単位に分類したと整理できるでしょう。こうした方法の起源について描いたのが、まさにデュルケームの『分類の未開形態』です。人間が生活をしてゆくためには、世界を何らかの形で意味づけ＝分節し、自らの生に適合した環境へと作り変えてゆかねばなりません。社会学の父であるデュルケームは社会を強調しますが、恐らく実際は、生態系に対する観察を通じて得た動植物のさまざまなありようと、主体であるヒトとその社会との、キャッチボールを通じて分節がなされて…</description>
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  <published>2017-05-01 18:20:44</published>
  <title>デュルケームによる、空間の分節の原初形態はヒトを単位にする、ということは、例えば宗教によるとしてもヒトによると認められるのでしょうか。　／　ヒトを単位とする分類は、現在当たり前になっていますが、古代のいつ頃からこの方法が始まったのでしょうか。</title>
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