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  <author_name>hojo_lec</author_name>
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  <blog_title>来 る べ き 書 物</blog_title>
  <blog_url>https://hojo-lec.hatenablog.com/</blog_url>
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    <anon>歴史学特講（17春）</anon>
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  <description>川や海など、大量の水の持つ浄化作用（もちろん根本的な浄化ではなく、「拡散」に過ぎないわけですが）を、経験的に知ったことに由来するわけですが、それだけ日本列島が水の豊かな環境にあったということです。また、海の向こうには浄穢渾然一体の他界があり、そこへ送ることで罪穢はなかったことになるとみなされた。大祓祝詞が、山で樹木を伐採して川へ流すことをモチーフに罪穢の除去を論じるように、かかる行為の背景にあるメンタリティーには、「日本の伝統」として称揚されるような共生的感性も何も見出すことができません。根本は死と再生の論理でしょうが、あまりに自己の行為への責任感が希薄なために、甘えと依存ばかりが強くなってし…</description>
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  <published>2017-05-13 10:35:12</published>
  <title>罪や穢れを川に流すこと＝浄化と考えられたのはなぜですか。また、穢れの典型である死体を川に流す例は聞いたことがありません。　／　日本に色濃くみられる「ケガレを流す」という考え方は、慰安婦問題への態度にも表れているとの話を聞いたことがある。それは確証のあることなのだろうか。</title>
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