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  <author_name>hojo_lec</author_name>
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  <blog_title>来 る べ き 書 物</blog_title>
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    <anon>超域史・隣接学概説III（17春）</anon>
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  <description>近代が中世的なものとの決別とすれば、本来は宗教や神話の価値が弱まるはずなのですが、近代に勃興する国粋主義・民族主義の場合は、やはりおしなべてナショナル／エスニック・アイデンティティの根幹たる神話が持ち出されてきます。多くの集団を国民国家に統合する際、彼らに〈想像の共同体〉を幻想させる核が必要になってくるわけですが、歴史的正当性と一定の共有範囲を持つ神話は、統合のイデオロギーとして最適であったのでしょう。ヨーロッパではやはりナチス政権がよい例で、野生の強大な力の象徴である狼など、ゲルマン民族に関わる神話的要素をさまざまに駆使しています。ヒトラーの愛好したワーグナー『ニーベルングの指環』などは、そ…</description>
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  <html>&lt;iframe src=&quot;https://hatenablog-parts.com/embed?url=https%3A%2F%2Fhojo-lec.hatenablog.com%2Fentry%2F20170515%2F1495298442&quot; title=&quot;神話は王権や国家の支配イデオロギーとして利用されやすいとのことだが、ヨーロッパの国々でも、近代においてそうしたことはあったのだろうか。　／　国の近代化を成し遂げようとしていたときに、神話のような古い存在に力が入れられた理由は何でしょうか？ - 来 る べ き 書 物&quot; class=&quot;embed-card embed-blogcard&quot; scrolling=&quot;no&quot; frameborder=&quot;0&quot; style=&quot;display: block; width: 100%; height: 190px; max-width: 500px; margin: 10px 0px;&quot;&gt;&lt;/iframe&gt;</html>
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  <published>2017-05-15 01:40:42</published>
  <title>神話は王権や国家の支配イデオロギーとして利用されやすいとのことだが、ヨーロッパの国々でも、近代においてそうしたことはあったのだろうか。　／　国の近代化を成し遂げようとしていたときに、神話のような古い存在に力が入れられた理由は何でしょうか？</title>
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