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  <author_name>hojo_lec</author_name>
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  <blog_title>来 る べ き 書 物</blog_title>
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    <anon>全学共通日本史（19秋）</anon>
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  <description>重要な指摘ですね。これには少し説明が必要かもしれません。まず、確かに〈和〉と〈武〉は対義語の関係にはありません。東アジアの歴史的文脈においては、〈武〉の対義語は〈文〉です。と同時に、常に、〈武〉よりも〈文〉のほうが価値の高いものと考えられています。歴代王朝の王帝たちの諡号についても、〈文〉が最も尊ばれ〈武〉はその次に置かれます。すなわち、武力で天下を統一した王帝より、徳によって天下を教化した王帝のほうが優れているとみなされたのです。王朝の支配機構においても、武官より文官のほうが位が高く、重要視されています。ところで問題の〈和〉、あるいは「和を貴となす」という言葉・概念は、のちに詳しく扱うように…</description>
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  <html>&lt;iframe src=&quot;https://hatenablog-parts.com/embed?url=https%3A%2F%2Fhojo-lec.hatenablog.com%2Fentry%2F2019%2F11%2F20%2F000000&quot; title=&quot;「和を以て貴しとなす」の〈和〉が日本人のアイデンティティーかどうかは分かりませんが、武士政権の多さはこれを否定するものではないと思います。「和」は「武」の対義語というより、チームワークを意味するところが大きいと思うし、江戸幕府は江戸幕府はどちらかといえば官僚寄りではないでしょうか。 - 来 る べ き 書 物&quot; class=&quot;embed-card embed-blogcard&quot; scrolling=&quot;no&quot; frameborder=&quot;0&quot; style=&quot;display: block; width: 100%; height: 190px; max-width: 500px; margin: 10px 0px;&quot;&gt;&lt;/iframe&gt;</html>
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  <published>2019-11-20 00:00:00</published>
  <title>「和を以て貴しとなす」の〈和〉が日本人のアイデンティティーかどうかは分かりませんが、武士政権の多さはこれを否定するものではないと思います。「和」は「武」の対義語というより、チームワークを意味するところが大きいと思うし、江戸幕府は江戸幕府はどちらかといえば官僚寄りではないでしょうか。</title>
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