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  <author_name>hojo_lec</author_name>
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  <blog_title>来 る べ き 書 物</blog_title>
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    <anon>全学共通日本史（19秋）</anon>
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  <description>もちろん、天皇の存在が日本律令国家には不可欠ですので、そもそも厩戸王という「王族」が聖人のモデルに選択されたのは、天皇を中心とする中央集権体制が構想されたことと関係します。しかし、実在の厩戸王が、蘇我氏と連携しながら仏教興隆に貢献したことを考えると、仏教の要素も非常に大きいということになります。しかしその「仏教」が、現在でいう単なる宗教以上に、当時の東アジア外交においてなくてはならないツールであり、また種々の知識・技術を内包する総合科学であったことも、考慮に入れておく必要があります。また、ひとつ可能性として考えておきたいのは、『書紀』に描かれた聖徳太子の存在が、病弱で実績的に不安を残す首皇太子…</description>
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  <html>&lt;iframe src=&quot;https://hatenablog-parts.com/embed?url=https%3A%2F%2Fhojo-lec.hatenablog.com%2Fentry%2F2019%2F12%2F04%2F000000&quot; title=&quot;いわゆる天武系の歴代天皇によって形成された律令国家において、「聖徳太子」が歴史上重要な人物と位置づけられ、『日本書紀』であのような記述になったのは、律令国家が天皇親政を基礎とする政権だからでしょうか。仏教の文脈における重要性も、多少は加味されていますか？ - 来 る べ き 書 物&quot; class=&quot;embed-card embed-blogcard&quot; scrolling=&quot;no&quot; frameborder=&quot;0&quot; style=&quot;display: block; width: 100%; height: 190px; max-width: 500px; margin: 10px 0px;&quot;&gt;&lt;/iframe&gt;</html>
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  <published>2019-12-04 00:00:00</published>
  <title>いわゆる天武系の歴代天皇によって形成された律令国家において、「聖徳太子」が歴史上重要な人物と位置づけられ、『日本書紀』であのような記述になったのは、律令国家が天皇親政を基礎とする政権だからでしょうか。仏教の文脈における重要性も、多少は加味されていますか？</title>
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