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  <author_name>hojo_lec</author_name>
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  <blog_title>来 る べ き 書 物</blog_title>
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    <anon>歴史学特講（日本古代史：19秋）</anon>
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  <description>仏教説話については、確かにそういうパターンが多いかもしれませんね。仏教ではそもそも、復讐はまやかしの現実に束縛されている煩悩＝執着に過ぎず、それに振り回されている限りは悪業をなす、もしくは悪業を振りまく結果にしかならないので、仏教的には必ず否定されなければならないわけです。しかし、家や宗族の論理、御恩と奉公の人的結びつきが強い中世、儒教的束縛の強固になってゆく近世においては、忠や孝、義などの価値観から、親や主君に対する仇討ち譚が喜ばれました。史実をモデルとしながら、曾我兄弟、荒木又衛門、赤穂浪士、関連して堀部安兵衛など、枚挙に暇がないくらいの復讐譚が存在します。上智大学との関連でいえば、まさに…</description>
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  <published>2019-12-06 00:00:00</published>
  <title>海外では、復讐譚の名作として『モンテクリスト伯』や『オリエント急行殺人事件』がありますが、日本では復讐より大切なものが出てきて、結局復讐は達成されずに終わるパターンが多い気がします。　／　仏教では復讐は肯定されないのでしょうか。復讐者自身を主人公にした説話などはありますか？</title>
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