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  <author_name>naie</author_name>
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  <blog_title>naieの文字霊日記</blog_title>
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  <description>で、「十干」と「十二支」なんだけれども、古代中国「殷・商」王朝では「十干」の「順序」は確立されていなかったんだろうか？・・・加藤常賢先生の漢字の初源の「形の意味」では・・・「亀甲文字」をここに示すのは困難だけれども、以下の不正確な字面構成から大体、イメージして欲しい・・・ ボクが示した亀甲文字 ↓ 甲・・田・十・㊉・・豆の外皮が割れた形 乙・・〜・Ｚ・燕・・鑿（木工のノミ）の形 丙・・内・丙・・・・机（几）の形 丁・・↑・□・●・・釘（くぎ）の形 戊・・←+⊂+＝・・・削刀・鉋（木工のカンナ）の形 己・・コ＋Ｌ・・・・糸の曲がった形 庚・・E+ヨ+耒+○・・両手で杵を持ち臼で穀物を脱穀 辛・・…</description>
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  <published>2007-04-11 20:19:34</published>
  <title>　２５９日目・・・以前、古本屋で購入し、ザァ〜と目を通し、ツンドクしていた「漢字の発掘・加藤常賢著・角川選書53・昭和４６年発行」を再度ガッチリ（？）、読んだけれども・・・著者の先生は明治２７年生まれ、愛知県出身であるらしい・・・「漢字」も「甲骨文字」から研究するとなると、大変だったろうなぁ〜と思う。面白かったけれども、ボク的にはイマイチ説明がすっきりいかない箇所もあったけれども、フゥ〜ンって・・・「漢字」が現在の漢字文字になるまではかなりの「字形」も「発音」も「意味」も変わってきた歴史的プロセスがあった</title>
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