<?xml version="1.0" encoding="utf-8" standalone="yes"?>
<oembed>
  <author_name>naie</author_name>
  <author_url>https://blog.hatena.ne.jp/naie/</author_url>
  <blog_title>naieの文字霊日記</blog_title>
  <blog_url>https://naie.hatenadiary.org/</blog_url>
  <categories>
  </categories>
  <description>「同心戮力（ドウシンリクリョク）・春秋左氏伝・成公十三年」・・・「心を同じうして力を戮（あわ）す」とは「心を合わせて戮（翏＋戈）・殺す、殺戮（サツリク）」である・・・秦に対抗して窅公が晋に呂相を派遣した時の「同盟のコトバ」らしい・・・協力の意味が「戮力＝殺戮力」なのである・・・ 「Mission」も「布教・宣教」ではないらしい・・・「洗脳」なんだろう・・・「富強・戦況」、「不興・潜恐」、「不況・選狂」・・・ 農業、農耕、狩猟、漁猟、漁撈にも、「人間狩り」にも「道具」と「トリック」が必要である・・・「国家枠」に納まっている限り「独裁主義者」であろうが、「民主主義者」であろうが、「自由主義者」であ…</description>
  <height>190</height>
  <html>&lt;iframe src=&quot;https://hatenablog-parts.com/embed?url=https%3A%2F%2Fnaie.hatenadiary.org%2Fentry%2F20131227%2F1388120112&quot; title=&quot;　１３３２日目・・・大正生まれのオフクロ、明日は誕生日だけれど・・・敗戦まで「国家」を「信じてきた」・・・ホトンドの「ニッポン国民」が信じていたのは「国家」と言う「団体組織の幻想」だろうが、世界中の諸国家のホトンドの「諸国民」もウソに煽られて命を捨てる覚悟で「国家を信じていた」のだ・・・「帝国ニッポン」だけではない。「国家」とは「戦争準備」と「戦争」する団体なのである。国家と国家が存在する限り暴力の行使に対抗できるのは暴力である。そして、「戦争」とは「国家支配者」の意思と意志としての勝つための暴力行使であ - naieの文字霊日記&quot; class=&quot;embed-card embed-blogcard&quot; scrolling=&quot;no&quot; frameborder=&quot;0&quot; style=&quot;display: block; width: 100%; height: 190px; max-width: 500px; margin: 10px 0px;&quot;&gt;&lt;/iframe&gt;</html>
  <image_url></image_url>
  <provider_name>Hatena Blog</provider_name>
  <provider_url>https://hatena.blog</provider_url>
  <published>2013-12-27 13:55:12</published>
  <title>　１３３２日目・・・大正生まれのオフクロ、明日は誕生日だけれど・・・敗戦まで「国家」を「信じてきた」・・・ホトンドの「ニッポン国民」が信じていたのは「国家」と言う「団体組織の幻想」だろうが、世界中の諸国家のホトンドの「諸国民」もウソに煽られて命を捨てる覚悟で「国家を信じていた」のだ・・・「帝国ニッポン」だけではない。「国家」とは「戦争準備」と「戦争」する団体なのである。国家と国家が存在する限り暴力の行使に対抗できるのは暴力である。そして、「戦争」とは「国家支配者」の意思と意志としての勝つための暴力行使であ</title>
  <type>rich</type>
  <url>https://naie.hatenadiary.org/entry/20131227/1388120112</url>
  <version>1.0</version>
  <width>100%</width>
</oembed>
