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  <author_name>shinju-oonuki</author_name>
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  <blog_title>装丁家・大貫伸樹の装丁挿絵探検隊</blog_title>
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  <description>鶴三と松魚の交友関係を調べようと、当時、田村松魚・俊子夫妻が田端に住んでいたのかどうかを、田端文士村記念館の学芸員・永井さんに連絡して調べていただいた。すると永井さんから 「……現在のところ、この二人もしくはいずれかの田端在住を確認しておりません。 田村俊子は、田端文士のひとりとして紹介している窪川鶴次郎の不倫相手として、ある程度の調査を行っておりますが、田端在住の事実はつかめておりません。ただ、大正５年末頃から松魚と別居、同７年には愛人の鈴木悦を追ってカナダ（バンクーバー）に移住しているようです。 下記の図書を知り、田村松魚の年譜も掲載されているとのことで、近隣の図書館で実見いたしました。 …</description>
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  <html>&lt;iframe src=&quot;https://hatenablog-parts.com/embed?url=https%3A%2F%2Fshinju-oonuki.hatenadiary.org%2Fentry%2F20101217%2F1292557699&quot; title=&quot;先日、石井鶴三の挿絵家デビューの話「新聞連載小説の挿絵を描いたのは、田村松魚氏の『歩んできた道』というのが最初で、大正七年やまと新聞の紙上であった。其作は田村氏の自伝的小説で、作者とは家も近く毎日のように会って話しあって居たので、大変描きよくもあり感興も多かった。」を「文学」VOL.22（岩波書店、1954年6月号）から引用して紹介した。田村松魚と鶴三の兄・石井柏亭が友達であったことから、大正7年に石井兄弟に挿絵の話が持ち込まれ、「兄柏亭と交代しながら後に名を残す新聞挿絵（田村松魚『歩んできた道』やまと新 - 装丁家・大貫伸樹の装丁挿絵探検隊&quot; class=&quot;embed-card embed-blogcard&quot; scrolling=&quot;no&quot; frameborder=&quot;0&quot; style=&quot;display: block; width: 100%; height: 190px; max-width: 500px; margin: 10px 0px;&quot;&gt;&lt;/iframe&gt;</html>
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  <published>2010-12-17 12:48:19</published>
  <title>先日、石井鶴三の挿絵家デビューの話「新聞連載小説の挿絵を描いたのは、田村松魚氏の『歩んできた道』というのが最初で、大正七年やまと新聞の紙上であった。其作は田村氏の自伝的小説で、作者とは家も近く毎日のように会って話しあって居たので、大変描きよくもあり感興も多かった。」を「文学」VOL.22（岩波書店、1954年6月号）から引用して紹介した。田村松魚と鶴三の兄・石井柏亭が友達であったことから、大正7年に石井兄弟に挿絵の話が持ち込まれ、「兄柏亭と交代しながら後に名を残す新聞挿絵（田村松魚『歩んできた道』やまと新</title>
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