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  <blog_title>『初期ノート』解説</blog_title>
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  <description>この私塾は吉本が自らの「黄金時代」と呼んでいる少年期から青年期の初葉までの時期に通った私塾で、そこの教師が吉本に多大な影響を与えました。そのことは何度か解説したと思いますので同じことを繰り返してもしょうがないですが、なにが多大な影響を与えたかというとこの今氏さんという人が胸に秘している「生活の放棄」という思想だったと思います。それと似たことを詩人の鮎川信夫の軍隊時代の体験について吉本の書いた文章のなかに読んだことがあります。鮎川信夫は陸軍に入隊し、戦争死した戦友を埋葬する体験をしています。埋葬の日は、言葉もなく 立会う者もなかった、 憤激も、悲哀も、不平の柔弱な椅子もなかった。 空にむかって眼…</description>
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  <html>&lt;iframe src=&quot;https://hatenablog-parts.com/embed?url=https%3A%2F%2Fsyoki-note.hatenadiary.org%2Fentry%2F20141227%2F1419644621&quot; title=&quot;いまにしておもえば、深川区（現在の江東区深川）にあつた私塾の無名の教師は、そのような「性」的な駘蕩と禁欲的な勉学との均衡についても、たくみにわたしを方向づける教師であつたようにおもわれる。そして、それは「書く」ということについてわたしの直接の教師であつたことを意味している。（過去についての自註） - 『初期ノート』解説&quot; class=&quot;embed-card embed-blogcard&quot; scrolling=&quot;no&quot; frameborder=&quot;0&quot; style=&quot;display: block; width: 100%; height: 190px; max-width: 500px; margin: 10px 0px;&quot;&gt;&lt;/iframe&gt;</html>
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  <published>2014-12-27 10:43:41</published>
  <title>いまにしておもえば、深川区（現在の江東区深川）にあつた私塾の無名の教師は、そのような「性」的な駘蕩と禁欲的な勉学との均衡についても、たくみにわたしを方向づける教師であつたようにおもわれる。そして、それは「書く」ということについてわたしの直接の教師であつたことを意味している。（過去についての自註）</title>
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