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  <blog_title>『初期ノート』解説</blog_title>
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  <description>「常に方法的な基礎の基礎のうえに建築された体系」というのは、たとえばマルクスの思想体系のようなことをいうのでしょう。その思想体系は全歴史、全世界をおおって、その方法的原理は人間と自然の根源的な関係をめぐって作り上げられています。だから圧倒的な影響力をもって個人をとらえます。この世界や歴史を考えようとするかぎり、マルクスの思想を無視することはできないので、知的な過程に入ってマルクスの思想にそれなりに深刻に出会った奴は、マルクスの思想にかぶれてマルクス主義者になるか、こんな思想にかぶれたら自分の小宇宙を失うという怖さから美の世界とか文化の世界とか、要するに世界認識というものを放棄した世界に逃げ込む…</description>
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  <html>&lt;iframe src=&quot;https://hatenablog-parts.com/embed?url=https%3A%2F%2Fsyoki-note.hatenadiary.org%2Fentry%2F20151012%2F1444613354&quot; title=&quot;常に方法的な基礎のうへに建築された体系は、巨大な圧力を呈するもので、絶えずおびやかされてゐる架空な設計家は、直ちに模倣家と変ずるかさもなければ、自らの場所を逃れ出すであらう。だが方法的な基礎のうへに建築された体系は、若しそれが心理的な充填物を充填しない限り、激動に対して鞏固ではないものだ。即ち多少の可鍛性がないものは脆いと言はなくてはならない。（方法的制覇） - 『初期ノート』解説&quot; class=&quot;embed-card embed-blogcard&quot; scrolling=&quot;no&quot; frameborder=&quot;0&quot; style=&quot;display: block; width: 100%; height: 190px; max-width: 500px; margin: 10px 0px;&quot;&gt;&lt;/iframe&gt;</html>
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  <published>2015-10-12 10:29:14</published>
  <title>常に方法的な基礎のうへに建築された体系は、巨大な圧力を呈するもので、絶えずおびやかされてゐる架空な設計家は、直ちに模倣家と変ずるかさもなければ、自らの場所を逃れ出すであらう。だが方法的な基礎のうへに建築された体系は、若しそれが心理的な充填物を充填しない限り、激動に対して鞏固ではないものだ。即ち多少の可鍛性がないものは脆いと言はなくてはならない。（方法的制覇）</title>
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