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  <blog_title>『初期ノート』解説</blog_title>
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  <description>ここで正義というものを曖昧なものと思わず正義の味方になってしまうとどうなるのか。それは「正義」という共同的な理念の陰に、自分の個人の心が隠れてしまうことになると思います。だから「自分が何を欲するか」とか、「人間が如何なるものか」というようなことはよく知ることができなくなってしまうでしょう。吉本に「正義」というようなものが曖昧なものだと教え、「最も主要なるものは最もかくされている」という「星の王子様」のキツネのような言葉を教えたのは「文学」だと思います。戦中戦後の共同理念の脅威と変転の時代に吉本が「一つの抑制」をもって耐え、思考を中断させなかったのは「文学」が個にこだわることの価値を教えたからだ…</description>
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  <published>2017-02-11 12:26:09</published>
  <title>僕は度々正義の味方になることを強制せられた。だが僕には常に一つの抑制があつて、正義といふような曖昧なものに与することを願はなかつた。それはひとつの知心とも言ふべきもので、僕が何を欲するかといふことを通じて、人間が如何なるものかを知らうとする心があつた。そして最も主要なるものは最もかくされてゐることを信じてゐた。（科学者の道）</title>
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