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  <author_name>yamazaki935</author_name>
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  <blog_title>山崎行太郎公式ブログ『 毒蛇山荘日記』</blog_title>
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  <description>■(続々々々)藤田東湖と西郷南洲(4)(本稿は『維新と興亜 』のための草稿です。)本稿の最初の問題に戻る。私は、西郷南洲が、藩主・島津斉彬に随行して、初めて江戸の薩摩屋敷へやって来た時、そこでの最初の思想的体験は、藤田東湖を知ったことだった 、と書いた。その時、 西郷南洲は、藤田東湖の中に何を見、何に感動し、何を畏怖するようになったのだろうか。藤田東湖の説く「尊皇攘夷論」だったろうか。おそらくそうだっただろう。しかし、 私は、それだけではなかったのではないか、と思う。西郷南洲と藤田東湖が、年の差を超えて、「肝胆相照らす」仲になり 、文字通り「意気投合」したのは、何故か。私は、本稿を書きながら、…</description>
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  <published>2021-06-02 07:49:17</published>
  <title>■(続々々々)藤田東湖と西郷南洲(4)(本稿は『維新と興亜 』のための草稿です。)  本稿の最初の問題に戻る。私は、西郷南洲が、藩主・島津斉彬に随行して、初めて江戸の薩摩屋敷へやって来た時、そこでの最初の思想的体験は、藤田東湖を知ったことだった 、と書いた。その時、 西郷南洲は、藤田東湖の中に何を見、何に感動し、何を畏怖するようになったのだろうか。藤田東湖の説く「尊皇攘夷論」だったろうか。おそらくそうだっただろう。しかし、 私は、それだけではなかったのではないか、と思う。西郷南洲と藤田東湖が、年の差を超え</title>
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