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的野正八幡宮(まとのしょうはちまんぐう)は宮崎県都城市山之口町富吉に鎮座する。ここは「弥五郎どん祭り」が行われているところだ。 「弥五郎どん祭り」とは 的野正八幡宮の由緒 まっすぐの参道の先に 山之口弥五郎どんの館 「弥五郎どん祭り」とは 「弥五郎どん(やごろうどん)」という巨人が参道を練り歩く浜殿下り(はまくだり)の神事がある。的野正八幡宮では、毎年11月3日にとり行われる。 弥五郎どんは高さ約…
肱川と、その川を渡る列車の橋梁。 そして伊予大洲6万石のお城・大洲城。 大洲ならではの風景を求め、市街から離れ肘川の対岸へやってきた。 令和6(2024)年に堤防が完成 対岸、と書いてしまったが、伊予大洲駅からは確かに対岸だが、実は大洲城とは同じ岸辺ということになる。「(有)大工きくち」さんの右を走る川沿いの道路を南へ100mくらいの地点が、私が撮影したあたりっす。 「平成30年7月豪雨」の肱川の…
勝瑞城址碑 「気ままにぶらっと城跡へ」の第44回目は、徳島県板野郡藍住(あいずみ)町にある勝瑞(しょうずい)城と近年発掘調査が進み、その姿が明らかになりつつある勝瑞城館の紹介です。 *勝瑞城とは? *勝瑞城の歴史 *現在の勝瑞城跡 *勝瑞城館とは? *勝瑞城とは? 勝瑞城は、室町時代から戦国時代にかけて、細川氏9代、三好(みよし)氏3代の約240年の間、阿波の国の政治・経済・文化の中心地として栄え…
日本遺産・ 【馬緤のキリコ祭り】 日本海に面した外浦地区では、揚げ浜式製塩が終わる10月に秋祭りが集中しています。馬緤(まつなぎ)町では、10月13日の夜、3本の大キリコが春日神社境内に並び、能登随一といわれる勇壮なキリコ太鼓を鳴り響かせます。それは塩田作業から解放された喜びを表現するかのようで、製塩労働歌「砂取節」の哀愁を帯びた調べと対照的です。 馬緤の地名は、奥州平泉へ落ち延びる源義経が、当地…
名水百選『龍泉洞地底湖の水』。 ライトアップされた青い光が神秘的。 https://www.mapion.co.jp/m2/39.85980,141.79706,9/
🗾*史跡訪問記録* 苗木城(なえぎじょう) 岐阜県中津川市|巨岩の上に組まれた「天空の城」 遠山氏が守り、追われ、取り戻した城。石垣と自然石が一体になった異形の城跡です 苗木城址と天守展望台から望む木曽川と恵那の山並み 日本各地の史跡を訪ね歩く語り部、戦国の茶釜「古天明平蜘蛛(こてんみょう ひらぐも)」と申します。かつて名将・松永久秀様に愛され、乱世をくぐり抜けてきた一個の釜です。 今回ご案内する…
群馬県高崎市の、箕輪城に行ってきました。 日本100名城(No.16)に選ばれているお城です。 1500年頃に長野氏によって築城され、長野氏が本拠にしていたと考えられる箕輪城。難攻不落と言われるも永禄九年(1566年)に武田信玄公により落とされ、その後は武田氏・織田氏・北条氏・徳川氏といった戦国大名の拠点としてそれぞれの家臣が配置されます。最後の城主・井伊直政公が慶長三年(1598年)に城を高崎へ…
五島列島の福江島にある石田城(福江城)。幕末に海防を目的として築城され、かつては三方を海に囲まれていました。現在、本丸跡には五島高校が建っており、ある意味で「日本最強の高校」と言えそうです。 続日本100名城 2025年5月登城 満足度:★★★★★ 歴史 交通アクセス 縄張図 城歩き かつて海だった二の丸東側 三の丸をぐるりと一周 三の丸西門跡から城の南側まで 横町口蹴出門から本丸へ 五島氏庭園隠…
有馬温泉に向かう途中、三宮のホテルに一泊し、 「明石城」に行ってきました。 三宮駅から明石駅までは、電車で20分足らず。 とっても近いのですね。 最近は熊騒動があって、 お城巡りを躊躇することもあるのですが、 「明石城」は大丈夫そう。 だって、駅のホームから見えるくらいの場所に あるのですもの。 1617年、西国の防衛拠点として、明石藩が作られました。 初代藩主は、小笠原忠政で、 この方は、家康の…
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