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今回は、龍野藩主脇坂家について述べていきます。賤ヶ岳七本槍から出世した脇坂安治が有名ですが、安治の関ケ原での東軍への内通(そもそも西軍につく予定ではなかったが)に始まり、幕閣の堀田家から養子を迎えることで家の安泰を図ったりと、老中を輩出するなど名君にも恵まれながらかなり上手に家を遺している印象です。 目次 脇坂家について 脇坂家の系図 各家の継承順 龍野藩主・脇坂家 旗本・安利流 旗本・安総流 龍…
守田です(20260316 22:00) 明日に向けて(2571) ● 3月11日に際して すでに5日が経ってしまいましたが、またまた3月11日がやってきました。今回は東日本大震災と東電福島原発事故から15年でした。この3月11日に際して、あらためて犠牲になられた方に手を合わせ、祈りを捧げたいと思います。同時に被災で苦労された方に思いを馳せたいと思います。そして原発と戦争をなくすため、より良き社会…
敬老パスの更新期限が到来 先日、敬老パスの更新手続き案内が届きました。 私の敬老パスの有効期限は誕生日の前々日迄で、それ迄に更新手続きをしないといけません。 更新手続きは簡単で地下鉄の駅の券売機で負担金(私の場合は5,000円)を入金すれば、利用期限が1年間更新されます。 名古屋市の敬老パスは他の大都市の敬老パス(高齢者の交通機関乗車支援制度)と比べても、かなり便利にできています。 主なものをあげ…
竹鼻績『今鏡(上)全訳注』(講談社学術文庫、1984)https://www.kodansha.co.jp/book/products/0000149945p82以下p183以下 ※通し番号と小見出しは竹鼻著に従う。------- 司召し 四六 尊仁親王立坊 このつぎの御門〔みかど〕後三条院にぞおはしましし。まだ御子〔みこ〕におはしまししとき、父の御門後朱雀院、さきの年の冬よりわづらはせ給ひて、正…
御池通の高倉を上がった東(右手)にあるビルの入口に一つの石碑が建てられています。 「足利尊氏邸・等持寺跡」を示す石碑です。 この地には室町将軍初代・足利尊氏の邸宅である三条坊門第(二条万里小路第)があったとされています。 尊氏公はこの邸で執務を取ったため、この地は室町幕府発祥の地でもあると言われています。 尊氏公没後にはこの邸宅は等持寺という寺院に改められたため、等持寺跡としても知られています。 …
「宇宙はどのように始まったのか?」 このあまりにも素朴で、かつ深遠な問いに対し、現代科学は「ビッグバン」という標準回答を用意してきました。約138億年前、極小の点から爆発的に膨張を開始した宇宙。しかし、誕生の「0秒目」に近づこうとしたとき、知性の歩みは突如として深い霧の中に閉ざされます。
森野咲さんのツィート;「イラン国内での弾圧に左派は沈黙」という極右がよく使うレトリックは普通に嘘なんだけど、でもたしかに事実として「左派っぽいのにイランのことはダンマリ」という人もいて、それは左派というより①「敵の敵は味方」のロジックだけで動く陣営主義②欧州中心主義やオリエンタリズムはよくないという規…— サキ (@inlaforet) 2026年3月4日 敵の敵は味方、の陣営主義について批判的な…
(令和8年2月2日その10) (松戸市)明治22年松戸町の地域探訪、下矢切の西蓮寺(下総四郡大師44番、松戸秀海講3n番)などの次は、野菊苑に立ち寄ってから、下矢切(しもやきり)の矢喰村庚申塚(松戸秀海講57番)に再参拝いたします。 西蓮寺に南から入って参拝後、北に抜けて道路を西へ、歩道橋の下から、下矢切西蓮寺北側の歩道橋など(再掲)その先の角まで行って少し戻って、歩道橋の北側( 上の写真右端 )…
【時には昔の雑誌を‥】シリーズは、筆者である私所有の昔の雑誌を、解説を入れながら読んで行くシリーズ記事です。今回は、1975年(昭和50年)11月5日発行『non-no』を読んでいきましょう。
こんにちは、暖淡堂です。 臨済録の現代語訳を作成し、Kindleで販売中です。 今回はどのように臨済が修行を始めたのか、それが書かれている部分。 序文の一番初めの部分を紹介します。 黃檗山頭、曾遭痛棒。大愚肋下、方解築拳。 かつて黃檗山にあったとき、棒でしたたかに打たれたが、大愚のところでは、あばらの下に拳を突き込んだ。 Once, when the master was at Huangbao …
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