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やむを得ない事情から、これまで使っていた事務所から引っ越しされたのをきっかけに、何か新しい事をやってみようという思いから、私たちの出番となりました。公演後参加された皆さんが口々に「励まされたよ!」「ありがとう!」「かっこよかったよ!」などと、声を掛けて帰って行かれました。地元姫路で誕生し、37年間色んな所で公演させていただき皆さんとの交流から、現在の上演スタイルが生まれてきました。もっともっと感動…
イラン戦争(と言ってもいいよね)開戦から半月が過ぎた。米軍・イスラエル軍は高度の情報戦力と軍事力によってハメネイ師ら50名ほどの政権幹部は排除したものの、トランプ「赤ちゃん」が期待した体制変更の気配はない。発言がブレる「赤ちゃん」に比べ、イランの中枢やその走狗(例:ヒズボラ)を抹殺するまで戦う意思を明白にしているネタニヤフ首相は、是非はともかくはっきりしている。 イラン戦争開始から2週間、米が最大…
越山の展望台より 世之主の宝剣「喜美留菜津久ミ」と世之主の娘の最期ついて、明治期頃に採話された話がありました。 これは『奄美大島誌料』という明治後半から大正期あたりに刊行された本の巻末に、直接採話したと考えられる「沖永良部島ノ実話」という話が掲載されているそうです。 原文のまま 奄美学術調査記念論文集 (南日本文化研究所叢書 ; 18)より 漁夫アリ夜光明ノ海中ヨリ出ヅルヲ見縞カニ之ヲ怪シム一日釣…
壬申の乱序盤の疑問の一つとして、行動がバレるのに、高坂王に駅鈴を求めたのは何故か?、というのがある。 倭京留守司高坂王の緩い対応 確かに高坂王は倭京留守司という近江朝廷の官吏であるが、高坂王は栗隈王の弟であり、大海人とは敵対していなかったと見られる。 また、吉野に隠遁したとはいえ、大海人皇子は首都大津宮に用事が頻繁にあったはずで、高坂王は普段から大海人に便宜供与=適当に駅鈴を貸していたことも大いに…
「さぁて、どうするかなぁ」 冒頓は誰に聞かせるでもない言葉を、頭の上に向かって放り投げました。「今日中には、何とかヤルダンの入り口にたどり着けそうです」 案内人である王柔がそう言ったのは、襲撃を受ける前のことでした。 予想もしないところでサバクオオカミの奇岩の群れに襲われはしましたが、ほとんど被害を生じることもなくそれを壊滅させました。苑の合図で自分の元に集まってきた交易隊や護衛隊の男たちの士気は…
・当ブログの記事等に大幅加筆修正した拙著『反オープンレターズ黒書vol.1 亀田俊和検証本』が、昨年10月5日(日)、あけび書房さんから刊行されました。 著者たる当ブログ管理人のPNは、【法眼純也】(Hogen Sumiya)。価格は2,420円。総頁数は312頁にもなります。 kensyoiinkai.hatenablog.com 反オープンレターズ黒書vol.1 亀田俊和検証本 作者:法眼純也…
3月7日と8日に鹿児島市の武岡・原良に残る西南戦争遺構を探索しました。 今回の遺構探索を主催されたのは西田在住のもぐら先輩(ご本人の意向により本名は伏せています)で、参加されたメンバーは西南戦争を研究していれば誰でも知っている先生や専門家の方々ばかりでした。 7日の遺構探索のメンバーを紹介します。 (先生と呼ばないようにと言われていますので、今回の投稿では皆様「さん」を付けています) 「もぐら先輩…
橋浦満広
そろそろ春の観光シーズン到来か? 今回の出し物は湘南江の島春まつり! 藤沢市観光課主催のお祭りです(^_^) 3月14日土曜日快晴。 弁財天橋から見た富士山です ( ̄∇ ̄) 外国人のカップルに頼まれ、二人の“ between ” に富士山を入れて撮影しました (^_−☆ 弁財天仲見世通り入り口に立つ青銅の鳥居。 全長200m足らずの参道ですが、土産店と食べ歩きの店がひしめき合っています。 午前10…
まだ午前中だというのに、うだるような暑さのなか、哲夫さんは自転車を走らせながら担当エリア内で営業活動に勤しんでいました。 自転車は、90年代当時、銀行員や保険のセールスが街を巡回するときにによく使っていた「大車輪」というゴツイ車種でした。 前の大きなカゴには皮の営業カバンが乗せられ、サドルのすぐ後ろに黒い四角の立方体の大きな缶が固定されたスタイルです。 哲夫さんがうろついていたのは大阪市中央区の「…
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