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2026年の大相撲春場所、序盤から千秋楽まで好取組が多くていつも以上にかんたんいたしました。個人的にハコ推ししている藤島部屋勢が目立ってきたことが嬉しい上、霧島関は優勝&大関復帰を決めるわ若隆景関は痛みと戦いながら技能が光るわ藤ノ川関や朝紅龍関はいつも以上にキレているわ豪ノ山関はようやく目立ってくれたわ負け越しはしたものの高安関や宇良関が魅せてくれるわで毎日ウキウキさせていただきました。 今場所、…
サウンド文学館●パルナス17 朗読 梶井基次郎『檸檬』『Kの昇天』『桜の樹の下には』 【朗読】草野大吾 この巻はサウンドドラマではなく朗読です。 (作品自体も会話がなく語り手が語っている文体) 「今日は一つ入ってみてやろう」 「出て行こうかなあ。そうだ出て行こう」 などの部分にkindleの機械的な自動読み上げとプロの俳優の朗読の違いが感じられます。 【檸檬】 「えたいの知れない不吉な塊が私の心を…
自分たちの行動を思い出しながらここまでを話した王柔は、羽磋の方を見て頭を下げました。「そう言えば、僕たちが精霊の子を訪ねた帰り道に、羽磋殿にお会いしましたね」「あ、あの時がそうだったのですか」 あの日の朝方、土光村の責任者に会うために中心部へと向かっていた羽磋は、王柔と理亜が村外れに向かって歩いて行く姿を見かけていました。「王花の酒場でも交易隊でもないところに向かっているようだけど、あの二人は何を…
歴史上で最も有名な征服者の一人、アレクサンドロス大王(紀元前356年 - 紀元前323年)。彼の足跡をたどると、エジプトから中央アジア、インドに至るまで、多くの「アレクサンドリア」という名の都市がありました。 古代の記録では70以上もの都市を築いたとされていますが、近年、その「失われた都市」の一つが現代の技術によってついに特定されました。2026年3月のニュースによると、イラクのチグリス川沿いにあ…
1. イントロダクション:三角形の最後に残った「黄金の辺」 前回の記事【愛憎の現代史】なぜアメリカとイランは「宿敵」になったのか? 蜜月を切り裂いた1979年と、失われた『グレート・サタン』の由来 - ゆらりYURAI lbo.では、アメリカとイランの蜜月が1979年の革命によって「愛憎」へと塗り替えられた歴史をお話ししました。中東のパワーバランスを支えていた三角形からイランが脱落した後、残された…
2026年3月20日、京橋川沿いのシダレヤナギにて、花幻忌の集いを行いました。原民喜は、1951年3月13日、国鉄中央線に体を横たえ、自ら命を絶ちました。それからちょうど75年という節目での集い。朗読や歌を通して、約40人が想いを馳せました。 なお、この集いは、中国新聞、毎日新聞にて取り上げられました。 花幻忌「民喜の思い継ぐ」 中区 京橋川沿いでしのぶ集い | 中国新聞ヒロシマ平和メディアセンタ…
浜松市浜名区の伊平基幹センターで、直虎顕彰会主催の「引佐の山城を歩く 井平城址編」を聴講。講師は加藤理文先生。貴重なお話を聞けた。 にの氏がみえられていたので挨拶をしたら、初対面のような顔をされ、「高橋です」と名乗ってようやく認識していただけた。今日は眼鏡をしていなかったので誰だか分からなかったらしい。 ランキング参加中歴史
アメ横のルーツは敗戦直後の闇市。 高架下などに当時の面影が残る、東京の観光名所です。 生鮮食品や衣類雑貨店、飲食店などが目立ちます。 成田空港と直結する京成上野駅の近くという事で、来訪者の7割が外国人観光客だそうです ^ ^ いわば異文化のるつぼ d(^_^o) 海鮮丼からケバブまで、カオスな食文化と食べ歩きが楽しめる、インバウンドの聖地です(^.^)v 訪日中国人の旅程(バス、免税店、レストラン…
今回は松山訪問。過去にも訪れたことはありますが、改めてじっくり巡ってみました。 まずは松山城です。 歴史 松山城は、1602(慶長7)年に伊予守護・加藤嘉明によって築城が開始されました。完成までに約25年の歳月を要し、四国最大級の城郭となりました。その後、蒲生氏、久松松平氏へと城主が引き継がれ、江戸時代を通じて伊予松山藩の政治の中心地として機能しました。現在の天守は、1784(天明4)年の落雷によ…
天正九年(1581)の三原の住人。同年、伊勢神宮の御師村山親安に対し、檀那として献納を行っている。これ以前、三原要害の八幡原氏とともに生口島の調略に尽力した可能性がある。 三原在住の檀那 生口島への調略 参考文献 三原在住の檀那 伊勢神宮の御師(神宮参詣の世話をする人)村山親安が天正九年(1581)の檀那(御師の世話を受ける参詣者)を書き出した記録『村山家檀那帳』に、「備後三原」在住の檀那として、…
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