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本妙寺に一木造りの世界最大の虎が鎮座 2026/6/21(日)曇/時々晴 最高気温30°早朝23°曇り時々陽が射す蒸し暑い真夏日となる。サッカーの試合をテレビ観戦していたが、結果が確定した午後15時から目的地を本妙寺・本妙寺公園としてウォーキングに出かける。 花園墓地を通り、本妙寺本堂(写真1参照)に参拝する。 本妙寺本堂 本妙寺浄池廟に登る胸突き雁木の登り口に阿吽の虎の石像(写真2参照)が鎮座す…
静岡の増善寺で今川氏親公の500回忌に参列してきた。基調講演は鈴木将典氏、「今川氏親公の生涯と領国統治」。500年前の増善寺での葬儀には、なんと、7000人の僧侶と1000人の家臣が参列したそうである。 氏親公墓所からは賤機山が見える。 静岡のおみやげは、けやき通り「べべナチュール」のムラングというお菓子。
『日本書紀』創られた日本 66 継体天皇についての話です。 即位の経緯 突っ込み処満載 王位簒奪か 即位の経緯 今回は継体天皇についてですが、特にその即位の経緯について考えます。 出自と経緯ということなのですが、全ては前回取り上げた武烈天皇が、後嗣を残さなかったことに始まります。 武烈天皇の崩御を受けて、有力豪族が協議し、越前国の応神天皇の5世孫の男大迹王を迎えることにします。 男大迹王は、度重な…
近江八幡は、豊臣家第2代関白の秀次が開いた町です。町の中心には、麓からロープウェイで上がれる八幡山城がそびえ、そこからの琵琶湖の眺めは格別のものがあります。 将来を約束された若き秀次の輝かしい時間は、叔父の秀吉に子どもが生まれたことによって暗転します。秀次一族は、その後秀吉に難癖(としか思えない)をつけられて皆殺しになりましたが、この凄惨な事件は、秀次のお膝元であった近江八幡の町にも暗い影を落とし…
前田徹『赤松一族の中世』(吉川弘文館、2025年)(以下、「前田著」と呼称)を読んでいたところ、少し――というかかなり――驚いた記述に遭遇しましたのでご紹介します。一歴史ファンとしての個人的な受け止め方ですが、これは観応の擾乱の分析にあたって一石を投じる情報ではないかと思うのです。 赤松則祐と佐々木道誉の姻戚関係 話題は赤松則祐についてです。 播磨の土豪にすぎなかった赤松家を播磨・摂津の守護家に押…
国際情勢/安全保障 なぜ世界一幸福な国は徴兵制を捨てないのか――日本が『君主論』とフィンランドに学ぶこと 読了の目安:約8分 「世界一幸福な国」と聞いて、軍隊を思い浮かべる人は少ないはずです。フィンランドは、国連の幸福度ランキングで何年も世界トップに選ばれてきました。 ところが、この国は徴兵制をいまも続けています。しかも、有事に動かせる兵力は、人口の規模に対して桁外れです。 なぜ、これほど豊かで平…
その背中が他人から声をかけられるのを強く拒んでいるように思われたので、自分の足が赤土を踏みしめて生じるザクザクという音で彼を煩わせることがないようにと、苑はできるだけゆっくりとその男に近づいていきました。 それでも、その男はかなり離れた所でからでも苑の気配に気づいたようで、下を向いたままで言葉を寄越しました。それは、怒りを含んだ激しいものでもなく、哀しみを含んだ冷たいものでもありませんでしたが、い…
中国の麺料理。元来の名称は「絰帯麪」か。小麦粉と碱(炭酸ナトリウム)と塩で作った麺生地を「絰帯」(幅広の麻の腰ひも)のように幅広に切り、茹でたものを食す。麺汁(めんつゆ)をかける場合があり、『飲膳正要』には羊肉から作るスープのレシピの記載がある。日本には南北朝期以前に伝わっており、禅林の点心の一つとなった。室町期、相国寺蔭涼軒で饗応に用いられていることが『蔭涼軒日録』に散見される。 中国元朝時代の…
1.今すぐFIREを目指したいか? ここ数年、書籍やブログ、動画など、あらゆるメディアで「FIRE(経済的自立と早期リタイア)」という言葉を見聞きするようになった。将来のFIREに向けて着々と準備を進めている人もいれば、すでに実現して悠々自適な生活を送っている人もいる。 正直なところ自分には全く縁のない話だと思っているが、「もし十分な資産があって、今すぐFIREできたらどんな日常を送るだろうか」と…
豊臣秀吉の子飼いとして頭角を現し、「賤ヶ岳の七本槍」の筆頭にも数えられた猛将福島正則。 その正則が関ヶ原で東軍についたことは、天下分け目の戦いの行方を大きく左右しました。 だからこそ、戦国を描く大河ドラマには欠かせない存在として、いまも繰り返し描かれています。 そこで本記事では、福島正則が登場したすべての大河ドラマ作品を紹介! 演じた歴代俳優の一覧や、主役として描かれた作品はあるかなど、まとめて解…
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