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グランドセントラルを出て,東42番ストリートをイーストリバーに向かって歩く。駅に隣接してクライスラービルを見上げることができる。アーチを何重にも波のように重ねたその独特のフォルムの塔は,エンパイアステートビルとともにマンハッタンの摩天楼を代表する高層ビルである。1920年代後半の高層ビル建設ラッシュの中で建造された。その名の通り,かつては大手自動車メーカー,クライスラーの本社ビルとして建造されたが…
「プーチンの愛国教室」というドキュメンタリー映画の試写会が9月25日に都内であり、みてきました。 「戦前の日本もこうだったのだろうか。そして今また、同じように戦争に向かってコトがヒタヒタと進んでいるのではないか。しかしだれもモノを言わない」――そんな感想を持ちました。 その映画の紹介です。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 目次 【特徴】 【あらすじ】 【上映劇場】 【特徴】 ロシアによ…
皆さんシルバーウィークはいかがお過ごしでしたか? 海外旅行にいらした方もおられると思いますが・・・ なーまんは、相も変わらず安・近・短 (^.^)v 都会派アイランドリゾートの代表といえばハワイ。 南太平洋に浮かぶ地上最後の楽園といえばタヒチ。 地元にいながら両方ともに満喫できるイベント! しかも入場・見学無料 (^.^)v ということで、イベント会場七里ヶ浜海岸駐車場にやってきましたが・・・ x…
今回は絶対王政期の東欧の様子について取り上げます。西欧の場合は各国ごとに見ていきましたが、東欧はそこまで詳しくは取り上げません。今回は主にロシアとドイツ(プロイセン)について取り上げます。 →ロシアではイヴァン3世時代にモンゴルの支配から脱したモスクワ大公国が栄えており、16世紀にはイヴァン4世が専制政治の基礎を築き上げ領土拡大を行った。戦士集団を形成していた農民であるコサックの首領イェルマークに…
<初出:2008年の再掲です>巻三の三 信長、小牧山城へ移ること。ならびに 元康、修羅の道に入ること 永禄六年(一五六三)夏、織田上総介信長は先だ って手を付けた”於久地城攻略”につき、家臣から の「早く攻城戦を」との意見を抑え、まずは今期 の稲の生育状況を丹羽長秀・柴田勝家に聞く。彼 らは松井有閑・木下藤吉郎の報告をもとに 「今年の作柄は非常に良好」 と申上する。どういうことかというと、豊作の場…
詩粘菌愛 ドロドロとした愛の雫が俺とお前の体に纏わりつく俺のすべてがお前に吸われ、負けじと俺はヒョットコのように唇を尖らせてお前の肌をまさぐりながら汗とともに拭き出るお前の愛の雫をヒルのごとく吸い尽くすに違いない ああ愛とは、俺とお前がぶつかり合い力づくで殻をはぎ取り溶け合うことに他ならないお前の清らかな白がどす黒い赤銅色と混濁し後戻りできない奈落色に染まるときサイケデリックな興奮とともにお互いの…
さて、魚吹八幡神社をあとに兵庫県を北上し向かった先は西国三十三所 第二十六番札所の法華山 天台宗 一乗寺。 【一乗寺】 境内に入って早々長い階段。 階段の中腹で見えてきたのは【常行堂】 階段はまだまだ続きます。 お次は【三重塔】 階段を上りながら見た三重塔はまた違った趣きで、平安時代の建物が令和の時代にこうして目にすることが出来ることに改めて日本の歴史を感じます。 調べたところ、一乗寺は中世近世時…
本日も「鉄道唱歌の話」にご乗車くださいましてありがとうございます 東海道唱歌 汽車 七 頼朝遺跡の鎌倉も 軍港無雙の橫須賀も 見て來ん価いと多し 逗子の浦汐あびがてら
こうして激動の1571年(元亀2年)が終わり、72年(元亀3年)になった。前回・前々回の記事でも触れたが、この時点における信長と対抗勢力の勢力図を整理してみよう。 浅井・朝倉連合軍の戦力低下は顕著であるが、この時点では信長も浅井方の本拠・小谷城を力押しできるほど戦力が整っているわけではなかった。それを邪魔する要因は2つ、まずは近江の一向一揆である。 一向一揆は近江中に根を張っており、彼らがバックア…
「敵を知り己を知らば百戦危うからず。」、昔の偉い人、孫子が言われた。 現在、隣国を嫌うのも、隣国と付き合うもの、それは個人の考え次第だが、隣国を嫌うにも敵を調べ、敵がプライド、面子にこだわる人々とわかれば、敵が怒るような事を言ってはいけない。面子にこだわる人に、自国の意見を一方的に主張しては、相手は怒るだろう。 敵の面子をつぶさない様に言った方が良い、領土問題。 自分も、言い方に気を付けようと思っ…
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