明治以降の日本文学に興味を持つ人のためのグループ
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妻とつくる 智(とも) 僕の妻はバンドを組んで歌っている。オリジナルをやる。曲はギターの男性が担当し、歌詞は妻と僕とでつくる。曲が先にでき、妻がそれを聴いたイメージを僕につたえ、僕が言葉にする。妻は、「あなたはわたしのアイディアを詞にしているだけだ」などと言ったりもするので、「アイディアなんてものはそれだけあっても作品にはならないんだよぉ」と僕も言い返す。僕の本職はフリーのライターで、雑文全般を引…
(はじめに、「5~6話」を少し振り返ります。) ある日の夕方、仕事から帰ってきたお母さんは、台所で夕食の片付けが終わってから、居間でお父さんに電話をしました。お母さんは、お父さんを何か怒っているようです。 布団に入り、耳を澄まし電話の話を聞いていたちい子は、悲しくなりました。「そうだ、家出しよう」と決めました。次の日、ちい子は風呂敷に荷物をつめて、そっと家を出ていきました。」 < 第7話へつづく …
2026年6月 なんだかあっという間だったが、いちおう思い返してみると、「本」や「読書」についてぼんやりと考えた(というよりは考えることを余儀なくされた)、そんな一月だったかもしれない。 「僕は『~みたく』という言い方が非常に嫌いで、今まで一度も使ったことがないし、そもそも大学生になるまで、耳にしたこともなかったのだが(地域性?)、今見直している対談のゲラで、僕の発言中に『~みたく』が出てきて、一…
明治37年7月のこと、文芸雑誌『明星』に「山の人」なる人物による「蒲鞭」(ほべん)というタイトルの文章が掲載された。 ※蒲鞭・・蒲(がま)の穂のむち。中国後漢の甲陽の太子劉寛が、罪人を蒲の穂のむちで打たせ、辱めだけを与え苦痛は与えなかったところから、軽い刑罰、転じて、寛大な政治をいう。 冒頭は次のような文章である。 ゛曾て之を毒筆家桟如幻の言に聞く、当時の訳文大家とは、概ね語学の力を以てしては教師…
自作の小説『真子と鏡』を同人誌で発表しました。編者は九頭見灯火さんです。次のリンクからお買い求めいただけます。 booth.pm 『真子と鏡』は、主人公がある日に突然、鏡に自分の姿が写らなくなることから始まります。主人公は当初鏡像のない暮らしに適応するのですが、やはりこの問題を解決しようと行動を起こし、不思議で奇妙な世界に足を踏み入れます。本作は、このブログでも追及した、影と鏡像という文学のテーマ…
五木寛之さんの小説『青春の門 望郷篇 下』は、主人公の伊吹信介が、実業家の林三郎の下で働くことを決意したところで終わります。それから2年半。信介は、運転手としてまじめに働いているところから『青春の門 再起篇 上』が始まります。
合間に、友人と会って、高校時代とか幼稚園時代に少しの間戻った気分に。 あっという間に高齢になったことをぼやきつつ、しっかり者の友人たちからいろいろな元気の素の情報を仕入れました。 6月10日の新青森駅の2階から。 残念ながら八甲田山は雲に隠れてしまっていました。 新青森駅は閑散としていますが、クルーズ船はよく入港するようです。 ただし、買い物は百円均一のお店などに、とか。 今までより売店で駅弁の人…
台風6号による大雨は、調布市内を流れる野川(のがわ)も氾濫の危険があるとして「レベル4 氾濫危険警報」が出て、8:40には浸水危険地域に避難指示が発令された。スマホからアラーム音が鳴り、避難所開設のメールが続々と届くなどものものしい雰囲気になったが、昼には雨も止み徐々に落ち着きを取り戻した。 実篤記念館の近くを流れる、野川の支流・入間川は警報の対象外だったが(近隣では野川と仙川(せんかわ)が対象)…
私たちはまだ「戦後」を生きている。この現在が大きな戦争の前夜なのではないかという、戦前の反復が指摘される中ではあるが、「戦後」そして「ソ連の崩壊」という歴史はまだ乗り越えられてはいないと思う。時代が飛躍するためには、新しい条件、新しい認識が欠かせない。だが私たちは袋小路に追い詰められたかのような閉塞感を長く味わっている。新しいものが生まれず、古いものの繰り返しに終始している。 現在の左翼的理念の停…
その後、大正末期に遊里復活の時が訪れます。 大阪朝日新聞東海版(大正13年9月30日)に次のように報じられています。 「有吉三重縣警察部長は着任と共に保安警察上不備なるものゝ多いのに省み縣令の改正や新設につき研究を行ひつゝあるが中にも酌婦取締と自動車取締につき着目し兩規則の改正及新設につき立案を急ぎつゝあつたが酌婦取締の方はこの程愈成案を見たので三十日縣令として發布の運びに至つた 元來三重縣には藝…
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