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以下に池田先生の指導を引用する。 『池田大作全集』第70巻 (1988年5月8日<昭和63年>朝霞圏幹部会・592頁) 「はじめに『人』があった。慈愛と確信に満ちた大いなる人格と、その人を慕う人々との一対一の交流があった。これが仏法の出発点である。最初から、教えの内容を皆が必ずしも理解していたわけではない。また組織も、人々が多く集まった結果として、自然な必要性のなかから発生していったものである。」…
昨日、下腹部の充実を感じた 丹田や上虚下実、中村天風先生のクンバハカでもケツの穴を締めろ!(笑)みたいなことが言われていたと思う。 一昨日までは下腹部の充実を感じていなかったってことは全然使えていなかったということでもある 今まで使えていなかった原因を考えてみたところ、おそらくこの2つだろうと思う 1つは腸腰筋や骨盤底筋を使えていなかったのだ。特に右半身だ。おそらく小学校の頃から卓球をしていたので…
【仏教の格言の理解】「施す者は天に生まれ、受くる者は獄に入る。」この言葉は、布施の重要性とその結果を教えてくれます。善行を施すことは、自己の利益だけでなく、他者の幸せへもつながっていきます。仏教の教えに従えば、施しをする者は、来世において天界に生まれるとされています。これは、行動がもたらす善因善果の原則を象徴しています。一方で、施しを受ける人がその施しに値しない場合、地獄へ堕ちることがあるという警…
ヨグマタ 相川圭子 著 永遠版サマディ 頁174に、『マントラの音の波動は、レーザーのようなパワーを創り、心身を浄め、魂を浄め、切り離してくれます。 それはサマディ、悟りに向かわせる秘法です。 やがて、あなたは「本当の自分」、さらには「創造の源」になっていくのです。』とある。 自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたもの囚われて、「こう…
名古屋市短歌会館(名古屋市中区錦2-13-22)の集会室を借りて、4月から毎月1回、「中高年のための仏教講座」と題した教室を開くことにしました。 もともと私が僧侶になったのは、自分自身を長年感じていた生き辛さから解放してくれた仏教の教えを、一人でも多くの人に伝えたいという思いからです。 どこかの空き寺の住職になって、そこを拠点に活動したいと考えていましたが、実現にはもう少し時間がかかりそうです。 …
いつもみなさん、ありがとうございます。 さてこのブログでは、大石寺奉安堂蔵の戒壇本尊が後世の偽作でしかないことをさまざまな観点から述べております。 そもそも弘安2年造立説の戒壇本尊を、『聖人御難事』を使って無理矢理「出世の本懐」とこじつける説は、大石寺56世大石日応(日應)によって作られた説に過ぎないのです。 「『聖人御難事』を出世の本懐の根拠とした最初の人物は大石日応である」https://wa…
hiruandon-desu.hatenablog.com 上記の記事の続きであり、引き続き『ヨーガ・スートラ』になります。 ヨーガの八実修法の最後である「三昧(サマーディ)」にもなお区別があって、まず「有想三昧」と「無想三昧」とに分けられます。{尋・伺・歓喜・我想}などの心理作用を伴っているものは「有想三昧」と呼ばれ、もう一つの「無想三昧」は、心理作用を停止する修習によって得られ、心理作用の潜在…
歳をとりますと話が長くなり同じ話を何度も何度もするものです。 話を聞くより話したい、話を聞いてほしい 誰しもそう思うものでそれは高齢者だけでなく歳を問わず私たち人間の多くがそうでありましょう。 しかしながら人間とは未熟なものでそのお年寄りの長話を嘲笑い、小馬鹿にし、笑いのネタにして見下し嫌がる姿を散見するわけです。 「その話は前にも聞いた」 「同じ話を何度も聞くのがしんどい」 「話が長い」 そうや…
Blue あなたとわたしの本 275 何かを成し遂げなければ成功とは言えない──。 僕たちはいつの間にか、そんな思い込みに縛られてはいないでしょうか。 早くどこかへ辿り着こうと焦ったり、手に入らないものを求めて項垂(うなだ)れたり、あるいは自分を責めたり、憤(いきどお)ったり──。 そんな日々に疲れを感じているあなたへ、今日は語ってみたいことがあります。 自然の中で直覚した、成功の新たな定義 につ…
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