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マリモの日、毬藻記念日1952(昭和27)年3月29日阿寒湖のマリモが国の特別天然記念物に指定された水底(ミナソコ)を のぞきて見れば ひまもなし 敷物なせる みどりの毬藻【昭和天皇御製】 この日の語呂合わせは作業服の日
日露戦争の日本海海戦は、1905年(明治38年)5月27日から28日にかけて行われました。 この歴史的な戦いの様子を、当時の一般人が記録した極めて貴重な資料があります。それが「沖津宮社務日誌」です。 この日誌が記された場所は、「神の島」として知られる 沖ノ島。この島のすぐ近くで、日本海海戦が行われました。この島には沖津宮があり、当時は、宗像神社の神職が交代で滞在しながら祭祀を行っていました。 日本…
竹鼻績『今鏡(中)全訳注』(講談社学術文庫、1984)https://www.kodansha.co.jp/book/products/0000149946p25以下 ※通し番号と小見出しは竹鼻著に従う。------- 藤波 一三〇 ありがたき御栄え 世継〔よつぎ〕は、入道太政大臣〔おほきおとど〕の御栄えを申さむとて、その御事細かに申したれば、その後より申すべけれど、水上〔みなかみ〕あらはれぬは、…
タノカンサァ(田の神像)にやたらと出くわす、鹿児島県内あちこちで。よく遭遇する場所の一つが神社だ。初めから神社に奉納されたものなのかもしれないし、何かしらの訳あって神社に移されたものなのかもしれない。 鹿児島県薩摩川内市祁答院町下手の大村の神社を訪れたときに見つけたタノカンサァをちょっと紹介してみる。 タノカンサァ(田の神)の詳細については、こちらの記事にて。 rekishikomugae.net…
『日本書紀』創られた日本 41 神武天皇についての話 8です。 疑問と回答 吉備の時点で 熊野の軍勢がいたので 紀伊半島は回らなかった 疑問と回答 ここ数回の記事で、邪馬台国東遷を基にしたと考えている『日本書紀』神武東征について見てきました。 その中で以下のような疑問点が出て来ました。 1:少数であったと考えられる神武一行が、最終的に東征に踏み切ったのはなぜか。 2:わざわざ紀伊半島を回り込んだ上…
上田・塩田平、北条義政公のお墓からの眺めを…辺りが一望できる良い景色でした 今日の東京は曇りがち。最高気温は14度。 雨が降ったり、止んだりの繰り返し…今週は晴れ間が少ないそうです。 まぁ、これから田んぼや畑の時期になりますから、雨降りも必要ですよねー。 一時、ダムの水が少ない…と言われていましたが、この雨で少しは潤うでしょうか。 (個人的に晴れが大好きなワタクシですが、時には辛抱ですね~😊) 先…
先日の熱田神宮参拝のお話です。 今回は親しくしているお客様の依頼にて、ガイド役としての参拝になりました。 朝、出発前は雨でしたが、家を出る頃には快晴です♪ やっぱり晴れ男よねw 今日も良い一日になりそうです♪ 大概の場合、「熱田神宮の入門編だけで半日コースだよ」と言うと必ず驚かれるんですが、そりゃ上辺だけの参拝なら30分も必要ないでしょうけどねぇ〜。 他の地方の名のある神社を参拝して思うのですが、…
氏真が「三河急用」、要するに家康征伐を名目に臨時税を課したのが、63年4月のことである。この増税は「臨時税の免除特権」を持っていた人々すらも対象としたもので、わずかな例外を除いて広く適用されており、今川氏の領国内を大きく混乱させている。しかしそれだけ本気だったということで、東三河の酒井氏ら反家康派の国衆らは、6月に蜂起したわけである。当然のことながら、両者は連絡も取りあっていただろう。 実際、氏真…
今年の大阪府立高校入試にこんなのが出ました。 以下の①~③を年代順に並び替えよ。 ①間宮林蔵が、樺太を調査し、島であることを確認。 ②ラクスマン来航 ③異国船打ち払い令 答えは②①③。 この辺りの話って、盛り上がりにかける。 だから、何となく記憶に残りづらい❗ 覚え方というか、考え方はこうです。 ずっと、鎖国をやって来た。そこにいきなりロシア人がやって来る。今まで縁もゆかりもなかったロシア人。幕府…
・当ブログの記事等に大幅加筆修正した拙著『反オープンレターズ黒書vol.1 亀田俊和検証本』が、昨年10月5日(日)、あけび書房さんから刊行されました。 著者たる当ブログ管理人のPNは、【法眼純也】(Hogen Sumiya)。価格は2,420円。総頁数は312頁にもなります。 kensyoiinkai.hatenablog.com 反オープンレターズ黒書vol.1 亀田俊和検証本 作者:法眼純也…
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