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竹鼻績『今鏡(下)全訳注』(講談社学術文庫、1984)https://www.kodansha.co.jp/book/products/0000149947p268以下 ※通し番号と小見出しは竹鼻著に従う。------- 伏し柴 三一六 有仁の風流 大将殿年若くおはして、何事もすぐれたる人にて、御心ばへもあてにおはして、昔はかかる人もやおはしけむ、この世にはいとめづらかに、かくわざと物語などに作り…
今回は、日本最古級の隕石伝説の残る喚続(よひつぎ)神社の参拝です。 歴史的考察を含む内容になります。 場所は名古屋市南区の南端の星崎に位置します。 村社ってモルタルで塗りつぶしたのね… 喚続(よひつぎ)とは、地元の口伝では「渡し船を呼んだ場所」とされ、現代でも白毫寺の東隣に「呼続」と言う地名が残っています。 「おぉ〜い、船を頼む!」って、呼んだのでしょう。 国土地理院の標高図に、歴史的痕跡が濃く残…
改新の詔(みことのり)」の主な内容は、以下の四条にまとめられます。 第一条:公地公民(こうちこうみん) 豪族が私有していた土地(田荘)や民(部曲)を廃止し、すべて天皇のもの(国家の所有)とする。 第二条:地方行政制度(国・評・里) 首都(京師)を定め、地方に「国・評・里」の行政単位を置く。境界を画定し、関所や烽火(のろし)、郵便(駅伝)を整備する。 第三条:戸籍・計帳と班田収授(はんでんしゅうじゅ…
幕末、オランダの医書「ターヘル・アナトミア」の翻訳作業が行われた場所には、「蘭学の泉はここに」という碑があります。(「解体新書」が作られた場所)1771年3月5日、東京都中央区明石町、聖路加国際病院の西側から中央保健所あたり(幕末には築地鉄砲洲)にあった豊前国、中津藩奥平家下屋敷内に、藩医で蘭学者でもあった前野良沢が、杉田玄白・中川淳庵・桂川甫周らと集まり、オランダ語の医書『ターヘル・アナトミア』…
上井覚兼(うわいかくけん)は、島津義久(しまづよしひさ)の老中を務めた。この人物の日記が残っている。『上井覚兼日記』という。 『上井覚兼日帳』『上井伊勢守日帳』『伊勢守日記』とも呼ばれる。 自筆本と思われるものが現存していて、東京大学史料編纂所が所蔵。もともとは島津家が持ってのもので、こちらに移されている。国の重要文化財にも指定。日記は天正2年(1574年)8月~天正3年(1575年)4月、天正3…
『日本書紀』創られた日本 50 崇神王朝についての話4です。 崇神王朝と邪馬台国 邪馬台国の事績 東征後の事績 応神天皇の事績 崇神王朝と邪馬台国 ここまでの記事で、崇神天皇から応神天皇までの系譜(崇神王朝)が、邪馬台国のそれに基づいているのではないかいという仮説について見て来ました。 前回は、淡海三船により選進された漢風諡号にもその影響があるのではないかと、考えました。 yokositu.hat…
たまには夕景の写真から…とある日に、おうちへ帰る道中にて… 今日の東京は曇りのち晴れ。 朝は曇って肌寒かったですが、お昼からピカッーと日が出てきました。 日中の気温は19度まで上がりました。 お昼どき、ベランダで空を眺めていると、ほわぁぁ…と気持ち良くなり、 しばらく動けなくなりました。まるで日向ぼっこをするカメさんのようで…ほほほ。 春うららかなり…いやぁ~暖かな、春らしい一日でありました。 (…
・当ブログの記事等に大幅加筆修正した拙著『反オープンレターズ黒書vol.1 亀田俊和検証本』が、昨年10月5日(日)、あけび書房さんから刊行されました。 著者たる当ブログ管理人のPNは、【法眼純也】(Hogen Sumiya)。価格は2,420円。総頁数は312頁にもなります。 kensyoiinkai.hatenablog.com 反オープンレターズ黒書vol.1 亀田俊和検証本 作者:法眼純也…
ここまでの話をまとめてみよう。 14~15世紀は「一揆の時代」である。「土一揆」「国一揆」「惣国一揆」が近畿を中心とした各地で相次いだ。積もり積もった社会構造の矛盾が限界に達し、一揆という形で噴出したのである。 こうした各種一揆が頻発した末に起きたのが、1467年の「応仁の乱」だ。中世から近世の端境期にあたる、戦国時代の幕開けである。各種の一揆はその前段にあたる「プレ応仁の乱」であった、と言えるか…
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