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九州・門司の御所神社は、安徳天皇の御所だった!「安徳天皇の御所が九州に!?」歴史好きなら誰もが知る安徳天皇。「柳の御所」と呼ばれる彼の御所跡が、まさか九州の地に存在していたとは!!そんな驚きを抱き、福岡県北九州市門司区へと足を運びました。 (御所神社)福岡県北九州市門司区にあるJR門司駅の近くに、ひっそりと佇む小さな神社「御所神社」。 「御所」と言う名の通り、ここには都がおかれていたのです。平安末…
1554年に得度し本願寺門主になった顕如。彼の門主就任時の大阪御坊(石山本願寺)であるが、父・証如のきめ細かい治世のおかげもあって、巨大な経済都市に成長していた。1562年に発生した火災では、何と2000軒の家屋が焼けた、とある。その規模の大きさが偲ばれる。 古代から中世を通じて、日本の経済の中心地は京である。しかし16世紀後半は、カネの流れが大阪や堺を中心とする臨海部へと動きつつあったタイミング…
晴れてよし 曇りてもよし 富士の山 もとの姿は 変らざりけり(鉄舟)今までは 人並の身と 思いしが 五尺に足らぬ ししゃくなりとは(海舟 子爵を蹴って伯爵に)
寒河 時光(さむかわ ときみつ、1205年頃?~没年不詳(1256年以後))は、鎌倉時代前期から中期にかけての武将、御家人。表記は寒川時光とも。 結城朝光の子。母は千葉成胤の娘か。妻は二階堂行盛の娘で、子に寒河時村(次郎)、山河重義(三郎、弟・山河重光の養子で貞重の父)、寒河宗光(五郎)、寒河輔光(七郎)、僧・頼位(東寺律師)。通称および官途は 弥四郎、左衛門尉。法名は暍名(えつみょう?/かつみょ…
『日本書紀』創られた日本 22 神代についての話 12です。 前回は出雲神話 国譲り 出雲王朝打倒の話 神の時代の話 前回は出雲神話 前回は、『日本書紀』には無く『古事記』のみ記述されている、出雲神話について考えて見ました。 yokositu.hatenablog.com 出雲神話は、ヤマタノオロチ退治の話を除けば、ほぼ大国主に関する3部作ともいえるものであり、大国主の正統性を説明するものという話…
時吉城(ときよしじょう)は薩摩国祁答院(けどういん)の時吉(鹿児島県薩摩郡さつま町時吉)にあり。川内川沿いに丘陵があり、そこが城跡だという。一帯は畑地や住宅地として開発されているが、地形はよく残っているようだ。そして、曲輪の一つの「中ノ城」が公園として整備。ちょっと登ってみた。 大前氏の居城 中ノ城を歩く 神様いろいろ 大前氏の居城 時吉城は大前道秀の築城と伝わる。寿永年間(1182年~1185年…
イオンモール高松1階で、 デニムを使った塗り壁の左官体験イベントを開催しています。 昨年の夏にお世話になった方も来てくださって、 本当にうれしく、ありがたい気持ちでいっぱいです。 左官の仕事を実際に体験できる機会って、なかなかありませんよね。 小さい頃からいろいろな経験をするなかで、本物の左官屋さんの仕事を体験できるのは、とても貴重なことだと思います。 お子さまの将来のためにも、思い出に残る体験を…
荒川の土手でしばしのんびり…遠く秩父の山々も良く見えました 今日の東京は一日晴れ。 最高気温は15度まで上がりました。 日差しも暖かく、何だかポカポカした陽気…まるで春が来たかのよう…。 まだ1月なのに…きっと風が吹いていなかったからでしょうね。 しかーし!明日からは寒気が下りてきて、またグッと寒くなるとか。 暖かくなったり、寒くなったり…身体さんも付いていくのが大変ですわぁ~。 (東京は晴れが続…
昭和64年(1989年)1月7日朝、昭和天皇(裕仁陛下)崩御(ほうぎょ=天皇が、お亡くなりになること)の発表。 即日、昭和から平成に改元。 明仁陛下(現上皇様)がご即位。 平成元年(1989年)が、私の高校受験の年でした。 その頃(40年前)の中学歴史教科書と令和8年現在のものでは、大きく変わっています。 目についたのは、猿人も原人も現代人の直接の先祖ではない。 現代人とは別系統の人類であるという…
「自分の字がコンプレックスです。」 そういう声をよく聞きます。 ほんとうに みなさん字はそれぞれです。 同じお手本をみて書いていても 一つとして同じ書は出来上がりません。 私はどんな字も好きです。 温かい字。 かっこいい字。 迫力のある字。 すべてがその人の内面から出てきた宝物です。 墨を磨ってただ書く。 その時間を大切にした教室にしたいと思っています。 上手いとか下手だとか、所詮は他人の評価です…
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