短歌・俳句・詩・短編小説等が好きな方の集いです。
はてなブログを持っていれば、誰でも参加できます。
私はあの日 彼と一緒に死んだのだ いや正確には 私の一部が彼と一緒に死んでしまった と言うべきだろうが 私にとっては 自分が死んでしまったことと大差はなかった 私は 私がよく知る私では なくなってしまっていたのだから 単純で可愛かった彼女の死を ひっそりと悼んだあの日は 私の中にぽっかりと空いてしまった場所を 見つけてしまった日でもあった 彼女はきっと私の中の何処かに眠っていて いつか元の私に戻れ…
新年の宴会に招かれ、久しぶりに料亭へ出向きました。床の間のある座敷で、きちんとした日本料理をいただく機会は、茶席を除けば本当に久しぶりのことです。 つい先だって、創業百年を超える老舗料亭が閉店したという話を聞いたばかりでもあり、こうした場も、これからますます減っていくのだろうかと、しみじみした気持ちになりました。廊下を隔てた広間からは、大勢の賑やかな声が聞こえてきます。仲居さんに尋ねると、外国人の…
Today's kanji: 別 On-reading: betsuKun-reading: waka(reru) チキンカレー 玉ねぎだけで 一品に 人参じゃがも 別にし三品 Chikin karētamanegi dake deippin ni Ninjin jagamobetsu ni shi sanpin 野菜室が空(カラ)に近かったので。 人参はツナと塩昆布とスパイス塩で和えて。 じゃが…
杉の木も季節なればと色を替え花粉の衣で着ぶくれをする ・・・・・ まもなく3か月間の点鼻点眼服薬の日々が始まります。「花粉症短歌」という部立てがつくれそうです。(写真は昨日佐賀県南部で目にした花粉で着ぶくれした杉)
ねこさんがトイレを使っている。 ねこさん、用を足したら砂をかく。 私はさっそくレジ袋とスコップを持ってお掃除を・・。 それを見たねこさん、文字通り、砂をかく「手を止め」る。 「トイレのお掃除は任せるニャ」ってことですね。 さらにねこさんは、そのままベランダの方に向かう。 「終わったら(砂入りレジ袋を置いておくため)ベランダを開けるんニャろ」ってことですかね。 よく見てますね、ねこさん。 ニャ! 🐈…
やりたいことをやれるわけじゃないってわかってるつもり。だけど、やりたいことをやりたいんだ。いろんな要素によって、できることは決まってくる。努力も当たり前にしてる、実力があるからといって何もかもが上手くいくってわけじゃないのもわかってる。運の要素もある。 運が巡ってきた時のために努力し続けること、工夫し続けること、粘り続けることは必要だし、そうするって思ってる。どれだけの情熱を持てるかだ。それに自分…
音作りで一番楽なのは、「こうすれば良いという、誰かに与えられた公約数」という安易なレールに乗ること。 機材やプラグインは、そうやって使うと一番楽だ。 だけど、それは音との対話、ひいては自分との対話を放棄していることと同義だと感じる。 その事実に自覚的であれば、借り物の音で構築された自分の曲に、耐え難い居心地の悪さを感じるはずだ。 逆に、無自覚なままそれをやりつつ、立派な音楽論を語っていたなら、それ…
前々から考えるに、時間というのは観測者が違えば時間そのものも違う、というようなことを考える。 ・主観的客観時間\時間を主観的に観測すると、時間は観測者と同じ潮流を共有化することになる。人間が観測している限り、遠い惑星の岩が落下すれば音はする、と考えるのである。 ・客観的主観時間\観測者が共有を断つとその時間の本当の流れに戻るという考え方。観測者が認識しなければ、遠い惑星の岩が落下しても音はしないと…
冬も半ばに差し掛かり 春待つ心が少し膨らむ ささやかな願いが叶ったとしても いつも苦しみが僕の心を占領する それは夏になっても秋になっても 微笑みを1滴、2滴垂らしたところで 苦しみに跡形もなく消されてしまう それでも小さな喜びや希望を なるべく多く集めて心に垂らす もしかしたら苦しみが和らぐのではないかと 自分すら知らない場所で 期待しているのかもしれない
次のページ