日本100名城を巡っている方、巡り終えた方、今後巡ろうと思っている方のグループです!
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さて、初日の踏査を終えて現地踏査も二日目に突入🐎 昨日は豊橋までの移動🚅もあり、4時起きだったので身体は疲れ切っていたはずなん ですが・・・、気が高ぶっていたのか?この日も4時起き💦💦 出発は8時半を予定し ていたので、宿泊先から踏査可能な二ヶ所をプチ踏査からスタートしました(^^♪ 🔵 石塚貝塚 豊橋市花田町字石塚 御覧のように「石塚貝塚」という案内が建つのみで、遺構は確認できませんね💦 早朝の…
引き続き彦根城をめぐります。今回は内堀を超えて本格的な攻城開始。本格的な登城も始まります。 有名な天守以外にも数多くの現存建築が残る彦根城。それらを見ながら、よく聞く防御の工夫を見ていきます。きれいなものにはトゲがある。 佐和口多聞櫓をまわった前回はこちら tmtmz.hatenablog.com お城:彦根城 滋賀県彦根市HP:【公式】 国宝 彦根城訪問日:2016年9月、2023年3月 訪問記…
ホテル尾花(クリックで記事へ)をチェックアウトし、「大和路ひとり旅」はいよいよ最終局面へと向かう。 すやねぇ 天平2(730)年の創建以来、5度の罹災と再建を経ている国宝・興福寺五重塔は、いま静かに素屋根の中で眠っている。 すやねー 令和4(2022)年から保存修理工事が始まっており、令和13(2031)年に完了する予定(素屋根は令和12年に解体見込)である。 素屋根ぇ! せっかくなので、2009…
">皆さま、こんにちは。私、古天明平蜘蛛が、今回は幕末史の中でも特に謎と余韻を残す「近江屋事件」について、史跡訪問に先立ち、事前の詳細を時系列と背景から丁寧にご紹介いたします。 "> 第一章 幕末という激動の時代背景 幕末――それは、日本という国が、二百年以上続いた江戸幕府の体制から脱し、新たな国家像を模索し始めた、激しく揺れ動く時代でございます。 欧米列強の来航により開国を迫られ、国内では尊王攘…
上田・塩田平、北条義政公のお墓からの眺めを…辺りが一望できる良い景色でした 今日の東京は曇りがち。最高気温は14度。 雨が降ったり、止んだりの繰り返し…今週は晴れ間が少ないそうです。 まぁ、これから田んぼや畑の時期になりますから、雨降りも必要ですよねー。 一時、ダムの水が少ない…と言われていましたが、この雨で少しは潤うでしょうか。 (個人的に晴れが大好きなワタクシですが、時には辛抱ですね~😊) 先…
今回は松山訪問。過去にも訪れたことはありますが、改めてじっくり巡ってみました。 まずは松山城です。 歴史 松山城は、1602(慶長7)年に伊予守護・加藤嘉明によって築城が開始されました。完成までに約25年の歳月を要し、四国最大級の城郭となりました。その後、蒲生氏、久松松平氏へと城主が引き継がれ、江戸時代を通じて伊予松山藩の政治の中心地として機能しました。現在の天守は、1784(天明4)年の落雷によ…
登城日 2026年2月20日 概要 郡山城は三本の矢の逸話で有名な毛利元就の居城です。広島バスセンターからバスで1時間半も行った山奥(安芸高田市の皆さんすいません)にあります。 麓からは、元就が尼子軍を退けた郡山合戦の際の尼子が布陣した青山・三井山がよく見渡せます。 毛利元就はこの本拠である郡山城の中腹に眠っていました。元就の墓地の傍らには「百万一心」の石碑が。 「百万一心」とは、毛利元就が郡山城…
懐古園 三の門 小諸城(懐古園)に到着 上田城に続く百名城の探訪は小諸城(懐古園)です。全国的に珍しい、というか唯一城下町より低い位置にある城で、穴城とも呼ばれています。何とも不思議な城なのですが、その理由を探る前に先を急ぎます。なぜなら、ここに来た大きな理由は、島崎藤村が記した詩の光景が見たかったからです。 懐古園 水の手展望台から見た景色 憧れの景色に出会いました これが複数のAIが教えてくれ…
今治城に行ってきました。 日本100名城(No.79)に選ばれた、愛媛県今治市にあるお城です。 ※プライバシーに配慮し、一部写真を加工して掲載しています。あしからず。 日本三大水城のひとつに数えられる今治城は、県指定史跡です。 広大な内堀には、海水が引かれています。明治期に建造物が取り壊されましたが、模擬天守はじめ多くの建物が再建されています。左から御金櫓、天守、鉄御門です。 本丸には、明治期から…
昨日(2026/2/21)、続日本100名城のひとつ品川台場を訪れました。 これでスタンプはついに91城目。冬晴れの東京湾は驚くほど澄んでいて、海の向こうにはレインボーブリッジがくっきりと浮かんでいました。
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