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江戸時代を通じて盛岡藩の拠点となった盛岡城。その城郭は、東北地方最大規模の石垣を誇ります。少年時代の石川啄木が、授業を抜け出して過ごしたのもこの盛岡城でした。 日本100名城 2025年4月登城 満足度:★★★★★ 歴史 南部家が築いた盛岡の礎 幕末の盛岡城 交通アクセス 縄張図 城歩き お城ぽくない北東部 ここが中心部(三の丸から本丸) 本丸から帯曲輪 高石垣に圧倒される西部 感想 歴史 南部家…
サイパン島とテニアン島 テニアンという「楽園」 南洋諸島の植民地化と国策企業「南洋興発」 南洋 - あこがれの「楽園」をめざして 戦争がやってくる 1941年12月8日 - 太平洋戦争と軍民協定 2月の空襲 - 航空偵察 1944年6月11日 - 空爆と艦砲射撃 テニアンの戦い 1944年7月24日、米軍上陸 日本軍は住民を戦力として動員 南の崖に追いつめられて 住民を「自決」させるための嘘 19…
近年、地球温暖化や都市部のヒートアイランド現象の影響により、熱中症は単なる「夏バテ」ではなく「命に関わる環境災害」と再定義されています。かつては「日射病」や「熱射病」と呼び分けられていましたが、現在は暑さによって生じる体調障害の総称を「熱中症」と呼び、医療現場では発生要因ではなく症状の重症度によって分類されるようになっています。 この熱中症に対する認識は、東洋医学と西洋医学で大きく異なります。現象…
気が付くと、私はひとりベンチに座っていた。 周囲には、老人たちが同じ方向を見つめ座っており、 誰もが瞬きすら忘れたように沈黙を保っている。 そこへ、見知らぬ女性が近づき、私の名前を呼んだ。 誰だ?なぜ私の名前を知っている? 初めて見る顔なのに、彼女は迷いなく手招きし、 エレベーターへと導いた。 二階に着くと、そこにも老人たちが長椅子に並び、 同じように無表情で前方を見つめている。 私は空いた席に座…
概要 カッシウス・ディオ『ローマ史』第38巻47〜50章の日本語訳と詳細注釈。カエサル自身の『ガリア戦記』とは異なる視点から、ウォセグスの戦いにおける兵器の特性やカエサルの独裁的リーダーシップが描写されています。西洋古典文学としての史料的価値とガリア戦争の深層に迫る必読のテキストです。 « 前の記事へ 目次へ戻る
人間は地上人生の間に、何度か暗い影の時代を過ごさねばならないようになっています。その影の中に入ったら、それは人生の一部であって全てではないことを自分に言い聞かせて下さい。影は太陽の光があるからこそできます。あなたの目に見えなくても、太陽はいつも輝いているのです。シルバーバーチ 極小の地上世界、壮大な死後の世界*毎日が貴重な準備期間 短くとも、この世を生きたことに意味がある 偶然ではなく必然*動物や…
友人はクリスチャンなのだけど、小淵沢に有名な神社があると連れて行ってくれました。 大滝神社 身曾岐神社 大滝神社 小淵沢には湧き水が多いけれど、こちらの神社も湧き水で有名で地元の方がポリタンクを持って汲みに来るといいます。 駐車場は小さいけど、朝早くから車が数台停まっていました。 わさび田があるということは水がきれいということですよね。 わさび田の横を通って本殿に向かいます。 森の中の拝殿 拝殿 …
7月27日(月)鈴木藤助日記を読む会が開かれました。 神奈川県立歴史博物館の寺西明子先生のお話。 鈴木藤助日記とは、幕末のペリー来航の驚きをきっかけに嘉永6年6月1日より記し始めた鈴木藤助による日記です。鈴木藤助は、武蔵国橘樹郡長尾村(現在の川崎市宮前区)に住み、質屋、醬油醸造などを家業として、村役人なども務める地域のリーダー的存在でした。 長尾村は、低地の河内(耕地)と丘陵部の谷(神木)に分けら…
本稿は、古事記、日本書紀などに見える記述を素材とし、史料の範囲で確認できる事実と、そこから導き得る推論を整理した学術的性質の私的考察です。史料の性質上、本文には複数の解釈が成立し得る部分があり、ここで述べる内容は確定的な結論ではなく、あくまで史料に基づく一つの可能性にすぎません。なお、本稿は学術的仮説であり、特定の学説を否定する意図はなく、引用は学術研究の紹介であり、民族的価値判断とは無関係です。…
おかげさまで公営住宅にあたりまして、その内見に先日いってきました。 写真はまったくもって上手に撮れていないのであげません。 今住んでいるところより広くなるし、なによりも家賃が安くなるので病気もちで短時間しか働けない人間としては本当に良かったと思っています。 一緒にお祈りしてくれたみなさんのおかげです。 どうもありがとうございます! ただひとつ、問題がありまして 日当たりがよくないとか古くて使い勝手…
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