明治以降の日本文学に興味を持つ人のためのグループ
はてなブログを持っていれば、誰でも参加できます。
今年も「神保町のオタ」に言及する紀要類がありました。『井上円了センター年報』第34号(東洋大学井上円了哲学センター、令和8年3月)の石井慶太「境野黄洋が書き込んだとされる『仏教統一論第一編大綱論』解題と翻刻」である*1。拙ブログ「第4代東洋大学学長境野黄洋旧蔵の村上専精『仏教統一論』(金港堂、明治34年)を発見!ーーオリオン・クラウタウ編『村上専精と日本近代仏教』(法藏館)に寄せてーー - 神保町…
appleのブックストアで毎月何かしらの本を購入しているが、サンプル読んで思わず気になってしまったので購入してしまった。 どうせ死んでしまうのに、なぜいま死んではいけないのか? 中島義道さんの作品。 中島義道 - Wikipedia まだ20頁目くらいだが何を言っているのか分からず簡単そうで難しい話である、哲学のお話。 何というか精神論とか、メンヘルの気持ちはわかっているつもりでいたが、今いる「わ…
この施設で死ぬかもしれないと 以前 書きましたが 母と共に絶対に ここを出る そう 思うようになりました なぜそう思うようになったか不思議と それは 鴎外の雁を再読し終わってからでした 雁は単純にいうと運命に翻弄された男女を描いた名作です 抗いがたいように思える運命も必ず ひっくり返すこともできるでしょう 鴎外については 改めて 記事にしたいと思います
『明星』に「蒲鞭」というタイトルの誤訳指摘の文章が掲載されてから数日後、中島孤島は、『讀賣新聞』(明治37年7月10日号)で自身が担当している「甲辰文學」欄において、この誤訳指摘について少しだけ触れている。 ゛(片々) 聞けば此の頃大層難有(ありがた)い大先生があつて、今日(こんにち)の譯文を片端から朱(しゅ)を入れて、叮嚀(ていねい)に校訂して下さるさうで、取るにも足らぬ僕等のものまで度々御手数…
なんと、今日も横浜DeNAベイスターズは中日ドラゴンズに勝って、これで4連勝。〈投打が噛み合ってきた〉とはまさにこのことで、6月の鬱憤をここから晴らしていきたいところ。さて、明日から出張なので、このブログは少し休みます。* 「文づかひ」の続き。 thx4u.hatenablog.jp** 寄せ手の軍勢が丘まで進んだところで、今日の演習は終了して、いつもの結果判定もひと区切りついたところで、わたしは…
妻とつくる 智(とも) 僕の妻はバンドを組んで歌っている。オリジナルをやる。曲はギターの男性が担当し、歌詞は妻と僕とでつくる。曲が先にでき、妻がそれを聴いたイメージを僕につたえ、僕が言葉にする。妻は、「あなたはわたしのアイディアを詞にしているだけだ」などと言ったりもするので、「アイディアなんてものはそれだけあっても作品にはならないんだよぉ」と僕も言い返す。僕の本職はフリーのライターで、雑文全般を引…
(はじめに、「5~6話」を少し振り返ります。) ある日の夕方、仕事から帰ってきたお母さんは、台所で夕食の片付けが終わってから、居間でお父さんに電話をしました。お母さんは、お父さんを何か怒っているようです。 布団に入り、耳を澄まし電話の話を聞いていたちい子は、悲しくなりました。「そうだ、家出しよう」と決めました。次の日、ちい子は風呂敷に荷物をつめて、そっと家を出ていきました。」 < 第7話へつづく …
2026年6月 なんだかあっという間だったが、いちおう思い返してみると、「本」や「読書」についてぼんやりと考えた(というよりは考えることを余儀なくされた)、そんな一月だったかもしれない。 「僕は『~みたく』という言い方が非常に嫌いで、今まで一度も使ったことがないし、そもそも大学生になるまで、耳にしたこともなかったのだが(地域性?)、今見直している対談のゲラで、僕の発言中に『~みたく』が出てきて、一…
五木寛之さんの小説『青春の門 望郷篇 下』は、主人公の伊吹信介が、実業家の林三郎の下で働くことを決意したところで終わります。それから2年半。信介は、運転手としてまじめに働いているところから『青春の門 再起篇 上』が始まります。
台風6号による大雨は、調布市内を流れる野川(のがわ)も氾濫の危険があるとして「レベル4 氾濫危険警報」が出て、8:40には浸水危険地域に避難指示が発令された。スマホからアラーム音が鳴り、避難所開設のメールが続々と届くなどものものしい雰囲気になったが、昼には雨も止み徐々に落ち着きを取り戻した。 実篤記念館の近くを流れる、野川の支流・入間川は警報の対象外だったが(近隣では野川と仙川(せんかわ)が対象)…
次のページ