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これは「占い的な印象論」ではなく、陰陽五行そのものの成り立ちから必然的に出てきます。つまり、なぜそう“読む”のかではなくなぜそう“ならざるを得ない”のかという話です。以下、① 五行を「自然の役割」として見る② 各日干が“何を担当している存在か”③ そこから性格・思考・社会的振る舞いがどう派生するかの順で説明します。 ① 大前提:日干とは「その人の存在の役割」日干は性格ではなくこの世界で何を担当して…
仏教に「因依唯識(いんいゆいしき」)という言葉があります。すべての自己の現実は、偶然でも自らの手を離れた運命でもなく、自己の深層意識に依ってつくられる。そういう意味です。スピリチュアルな世界でも「現実の経験をつくっているのは、常に自分自身だ」とよく言われます。 「であるなら、どして私の人生はうまくいかないの?」そういう疑問が生じるのはもっともなこと。それについてわたしはこう答えています。 「現実を…
お釈迦様は悟りを開かれるにあたり悪魔を調伏したとされます。この悪魔とは誘惑ではないかと考えています。社会生活には様々な誘惑があります。楽をしたい、儲けたい、モテたい、食べたい、大なり小なりすべて誘惑です。この誘惑との勝敗が積み重なっていき人生が定まっていきます。今月は共通テストがありましたが、このテストを目指して12年間、6年間、3年間、1年間、半年、1カ月と頑張った歳月はそれぞれなのでしょう。点…
いつもみなさん、ありがとうございます。 さて今回は、今後ブログでやっていきたいことの一つ、「牧口常三郎の思想の検証とその批判」について、少しその構想を示してみたいと思います。 私はこのブログで池田大作氏、戸田城聖氏を批判的に検証しています。彼らにどれだけ悪意があったのか、どれだけ会員を利用していたのかについては議論があるでしょう。本当の心はわからないものですし、検証もできないものです。しかしこのブ…
ローカルLLMって何者?介護福祉士が実際に試して感じた「理想と現実」
雲照律師 出雲と高野山行脚 こうして何度も出雲と高野山とを往復しているが、島根の自坊と高野山の行程は果たして当時いかばかりであったであろう。距離にして四百十キロあまり。高野山からは高野街道を通って河内長野に至り、東高野街道を通れば堺に至り、街中を通って姫路に至り、そこから出雲街道を通って米子に至るルートで歩かれたのであろうか。いずれにせよ慣れた道とはいえ、山道もあり二週間は少なくとも要したであろう…
瞑想インストラクターの資格認定試験に無事合格しました。 合否結果は、日本インストラクター技術協会のホームページで受験番号を入力することで確認することができます。 在宅試験ですが、20問の設問のうち半数の10問前後は答えが一つに定まらず、合格基準である70%(14問)の正答率をクリアできるかどうか自信がなかったというのは、以前にお伝えした通りです。 残念ながら、試験問題の正解も、自分の正答率も知るこ…
『スイスにいるんだ…オレ?!』って、ふと気が付く時が、たま〜にある。 先日もあって、久々に我が愚脳のオンボロ『還暦スキャンGPS』に、『生まれてから今日までの移動状況』を入力してみると、面白い現象が観えてきた・・・。 最近『悟りは郷理』・・・なんて言って、人様には『帰郷』を促すような事を言っているが、現実の己は、極東の生まれ(北海道・北見)・・・ということもあってか、東京〜神戸〜ニューヨーク〜スイ…
hiruandon-desu.hatenablog.com シャンカラ(約700-750年)が何故、最高原理であるブラフマンのみの真実在を主張し、それが制約を受けた人格主宰神であるブラフマンとそこから展開する「世界」を虚妄であるとする「不二一元論」を提唱することになったのか?その理由と考えられる点について今回は触れていきたいと思います。 〇自己(アートマン)は世界の内か?世界の外か? hiruan…
アルスラーン戦記シリーズの結末に思う アルスラーン戦記の読書感想文 アルスラーン戦記の、本当の感想文を書いてみた。ランキング参加中読書素適な読書ブログが集まるグループです↑ アルスラーン戦記シリーズの結末に思う 前書き アルスラーン戦記の結末が「ひどい」と評価される3つの理由 救いのない結末 登場人物の最期 読み手と書き手の描いた結末 ファンの1人として、アルスラーン戦記は名作だと思う3つの理由 …
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