HSP関連のグループが無かったので作成をしてみました。 アイコン画像はオジギソウで花言葉が「デリケートな感受性」「繊細」「敏感」で HSPにピッタリと思い決めました。 入退会は自由です。お気軽に~。
はてなブログを持っていれば、誰でも参加できます。
生まれて初めて出版という冒険の旅に踏み出してから20年が経ち。 ちょうど身近なところに二十歳(はたち)を迎えた女性がいる。 そうか、そんなになるか…… この年まで表現活動が続けられているとは思いもしなかったな。 出版も、まさか現実になるとは。 ひとつの物語、フィクションではあるけれどわたしにはリアルな次元。 彼らの姿、声が届いていたから描かなくてはと。 受けとめるかたによって観え方は異なるでしょう…
これまで病院で処方された薬を飲んで、副作用が大きく出ることも多かった。 少しは我慢して飲んだりするのだけど、その副作用が強くて医師にそのことを伝えると、大抵、「気にしすぎ」と言われてしまうだけだった。 みんな普通に飲んでるから、とか、子どもでも飲んでる量だから、とか言われて、 そのまま飲み続けなくてはならないことが多かった。 そして、その副作用に耐えれなくなって病院を変えるというパターンに陥ること…
こんにちは😊 今年もよろしくお願いいたします♪ このブログは、体調不良から不登校になった娘たちを、 療養しながらホームスクールで育ててきたママが、病気や子育てや日常生活などについて綴るブログです。 私なりにいろいろ考えて、調べて、自分を納得させながら過ごしてきました。 その結果、ブログ以外にもいろんな発信につながり、いろんな方々と出会うことが出来ました。 ここ数年、本当に不登校が増えました。 人数…
おはようございます。 発達障がい人の大北です。 沖縄にあるコミュニティ"Sango"に所属し、 安心の中で喜びを分かち合える 暮らしの場を仲間とともに育んでおります。 今日の学びと、 以下の4つの動画から。 www.youtube.com www.youtube.com www.youtube.com www.youtube.com全てのものは周波数があり、周期性がある。 宇宙にも周期性があり、 …
ゲッターズ飯田さんの占いによると、私は今年「解放の年」です。 ゲッターズさんの占いに注目するようになったきっかけは、私が体調最悪で休職していた年が、「乱気の年」「裏運気の年」という運気の良くない年に当てはまっていたこと。 また、勉強も恋愛一番調子のよかった時期は「幸運の年」「開運の年」に当てはまっていました。 細かいことは当たったり、当たらなかったりですが、1年ごとのバイオリズムはけっこう当たるの…
自分の感受性ぐらい自分で守ればかものよ 自分の感受性ぐらい / 茨木のり子 24歳のある日、急に仕事に行けなくなった。 頭の中で「パンッ」と音がした。会社に向かう最寄駅のホームで一瞬頭が真っ白になり、体に力が入らなくなった。満員電車のにぶい銀色の扉が、ゆっくりと閉じていく光景を今でも鮮明に覚えている。目の前で走り去っていく電車を見ながら、力なく「今日会社を休みます」とメールを打った。それが会社への…
やりたくないことは、やらない 約8年前、仕事も辞めて何か月も家に引きこもって自分と向き合いました。その時に掲げた目標がこれでした。 tari97.hatenablog.com tari97.hatenablog.com その後も、知らず知らずのうちに母から刷り込まれていたことによる生きづらさに気付き、苦しんできました。 嫌なことははっきりNOと言うとか気の乗らないことは断るとか、とにかくこんなこと…
「大掃除しなきゃ!」 「お節用意しなきゃ!」 「挨拶まわりしなきゃ!」 「年末年始ってマルチタスクになって大変!」 この時期そんな思いをする人も少なくないと思います。 でも実はこれ 心構え一つでどうにか乗り切れちゃうものなんです。 それは… です。 アレもやらなきゃコレもやらなきゃと頑張って詰め込み過ぎるからマルチタスクな年末年始になっちゃうのです。 だから、その日やるべきことを最小限に絞る。 最…
先月、適応障害闘病時代にできた戦友さんと再びお会いしてきました✊(2回目) 初めてお会いした時は、人間こんなに分かり合えることってあるんだという驚きと、アドレナリンどばどばに感動するレベルで運命共同体のように感じる貴重な経験をしました。 今回は、お互いの性質を分かった上で、それぞれ頑張っていることを報告・再確認してエールを送り合った感じです。前回と性質は違えど、今回も素敵な時間であっという間でした…
更新する気持ちがなかなか湧いてこなかったのですが、気分転換に今の気持ちを文字起こしするつもりで書きます。 色々と考えが浮かんでは纏まらず、 まだ心の中はゴチャゴチャしているのですが、 まずは「生きていく」ことにします。 やはり死にたくはなかったみたいです。 もう一つ、生きることにした理由として、 実家の母が心配していたので、 こないだ顔を見せに帰省したところ、 50歳を超えたとはいえ、母にとっては…
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