ふと思い出した過ぎし日の心模様を書いて、心の自分史を作りませんか? 皆さんの生きる姿勢に興味あります。
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毎度!ねずみだ。 ここ何週間か、新しいギターが無性に欲しくなっている。時々そんな発作のようなものが襲ってくる。 妻に言わせると。「ギターは全部同じに見えるんだけど。すでに6本あるのに、何言ってんの?腕は2本しかないじゃない。」 はい、仰る通り。お説ごもっとも。でも、妻よ、あなたは分かっていない。正しいけど違うんだなー。何が違うかはうまく言えないけど、でも違うんだよ。ええっと、誰か私に代って説明して…
立秋も過ぎて空も秋めいた雲が見られるようになり、土曜日の午前中には『ハロ(日暈)』が これが見えた時は、お天気が下り坂になると聞いたけど…確かに、この次の日に当たる昨日も今朝も曇り空の時間帯が多かったかな? トンボが飛んできて葉っぱの上に止まった。 赤トンボ…とまではいかないけど、なんとなく秋を思わせる色合いだなぁ。 …夜明け前にヒグラシが鳴き始めて、明るくなると他のセミも鳴きだす。小鳥の声も聴こ…
今日は雲が空を覆い、降り注ぐ太陽の光が弱まって、暑さが和らいだ一日でした。 お店に入ると、「ちょうど今入ったお客様へのプレゼントなんですよ」 と声をかけていただき、驚きました。 冷たいお茶をいただきながら、ありがたくプレゼントを受け取りました。 こういうことって、とても嬉しいですね。 でも私は、こんなふうに、以前から 受け取ることができていたわけではありませんでした。 私は昔、褒められると「そんな…
羅城門の東と西——生き残った寺、消えた寺 平安京が生まれたとき、都の入り口には二つの寺が対で置かれた。東に東寺、西に西寺。同じ年に、同じ国家鎮護という使命を背負って建てられた、いわば双子の官寺である。 だが、千二百年後の今、片方は世界遺産として五重塔を空に伸ばし、もう片方は公園の礎石として地面に沈んでいる。 この差はどこで生まれたのか。 託された者の違い 823年、嵯峨天皇は東寺を一人の僧に下賜し…
第十八番「恩山寺」駐車場 四国八十八ヶ所霊場。車遍路でその一つ一つを巡っていると、ふと不思議な気持ちになることがあります。 「なぜ僕は、こんなにもワクワクしながらこの道を進んでいるんだろう?」 正直に告白すると、僕は空海の書かれた書物を読み解こうとすると、頭が痛くなってしまいます(笑)。密教の教えは奥が深く、文字だけを追いかけても、腑に落ちてこないのです。 それなのに、車を走らせて実際に札所へ向か…
先日、ふと新聞記事を眺めていたときのことです。そこには「ミソハギ(禊萩)」という、私にとっては少し聞き慣れない植物の名前が載っていました。 福井市の日新地区を流れる底喰(そこばみ)川では、「ミソハギ」の花が見ごろを迎え赤紫のじゅうたんが川辺を彩っているようです。毎年8月8日には「日新ミソハギ花まつり」が開催されます。その「ミソバナ」は、古くより盆花とされていたと知るやいなや、気になって検索をかけて…
宇宙に浮かぶ青く美しい地球 何事もなく 平和に そのように見える そこに80億人もの人々が暮らす 戦争の絶えることのない人類の歴史の中に 今やいくつかの超大国が大量の核兵器を保有する 地球を何度も破壊しつくすほどの どうにもならない人間というものの愚かさと未熟さ 我々はそんな中にこうして生きている 同じように 例外ではなく ~~~ 夏の日差しに 雑草がたくましく伸び その山間の畑の両側に 杉の木々…
こんにちは第31回目👀です。 ①私の詩 『地平線』 今日は 電車の窓から 遠い遠い 地平線が見えた 一生かかっても 行く事ができない 遠い遠い 地平線 いつもは 街の風景に隠れている こんな風景が 好きなので じっと じっと 眺めていたい 青く美しい光で 天空は 埋めつくされた 電車は 広大な台地を どこまでも どこまでも 進んで行く どこまでも どこまでも 進んで行く ②私のコメント たまには、…
唐招提寺 戒壇 差別について 補稿 今年2月21日に本ブログに投稿し、また寺報74号の中にも同名の『差別について』と題する原稿を掲載しました。ほぼ同内容ではありますが、寺報の本原稿の最後に「差別は当然のことながら悪行であり、悪業を蓄積するものです。自らのためにならないことです。ですが、強固な自我意識がある限りそれは止むことはないのかもしれません。自我を抑え、互いの損得を超えて他者の尊厳を認めつつ、…
この事件が起きて10年になる。まずは、1年前にこのブログで書いたことを振り返ってみると、こんなことを書いていた。障害者を憎んだり、その存在を否定したりする人間がなぜ生まれたのか、という問いから始めていて、事件の奥にある本質を考えようとした。そして、「生産性がない命は不要」と考えるのは今の社会自体に内包されているのではないか、「経済価値」や「能力主義」で人間を測る社会の、極端にして暴力的な帰結と言え…
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