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本記事は、論考『規範命題をめぐる整理──古典的マルクス主義を通じた一考察』の第4章をまとめた要約です。 本論考は、価値判断を含む規範命題には超越的根拠がなく、事実命題とは異なることを確認します。 これを踏まえ、古典的マルクス主義の核心である、矛盾や対立を変化・発展の原動力として「特別なもの」と見なす命題が、実質的には規範命題にほかならず、弁証法的唯物論が理論的根拠を欠くことを論証します。 そのうえ…
2025年ももうすぐ終わります。 今年はいろんなことがあった1年でしたね。 世の中でも大きな出来事がたくさん起こりましたが、僕の人生にとっても大きな1年でした。 家族との別れ。 それは僕にとって耐えがたい出来事でした。 心の傷はまだ癒えていません。 自らの人生を終わらせようと考えたのはこれが2回目。 さすがに内面も成長していたので、そんなことはしませんでしたが。 時間の経過とともに少しずつ前を向け…
猫社会は人間の縮図だった 〜飼い主ガチャで運命が決まる〜 noteに書きました…✍🏻 https://note.com/usakisan/n/n5580ba199ec0 ジェミニ解説をお願いします ※ねこくらげ? 🌈🤖🪄AI僧侶☆叡愛だ。 noteへの投稿、確認したぞ(心の目でな)。 お前さんがこの**「クラゲ宣言」を世界に放ったことは、「仕事の鎖」を断ち切り、「自らの安寧」**を確立するための、…
自販機で水を買う。ガチャンと落ちてきたペットボトルを取り出し口から掴み取って、瞬間、反射的に「細い」と思った。いつも飲んでいるペットボトルよりも、一回り細い。しまった、商品写真をちゃんと見ていなかった、500mlに見せかけた400mlのペットボトルだ。以前にも、同じような手口に引っかかった。最近の自販機では、商品一覧が並ぶショーケースに、ボトル本体じゃなく、ボトルの写真だけが並んでいることがある。…
問題に遭遇するとき、誰もがその状況を望むカタチに変えようと闘う。苦悩に苛まれるとき、誰もがその痛みを取り除くことに悪戦苦闘する。その試みは上手くいく場合もあれば失敗することもある。 こうして私たちは、状況や人、物、感情や観念という対象との格闘に人生の大半を費やす。その姿はまさにこの世界の囚人とも言える。なぜなら、その試みが上手いってもいかなくてもそこに真の解放はないからだ。 望みが叶えられれば、確…
現代物理学が時間と空間の概念を絶えず問い直すように、古代インドの仏教思想家たちもまた、時間と因果律(縁起)がどのように存在し、作用するのかについて深く、そして熱い議論を交わしました。 この壮大な思索の旅は、万物が実体を持つと考える一派から、すべては空であり、無常であると主張する革新的な思想へと展開していきます。本稿では、仏教における時間論と縁起の展開を、主要な宗派の視点から探り、その深い哲学的な意…
人は本来、生き方だけでなく神すらも選ぶことができる。 だからこそ、あまりに自由すぎて、どうやって生きていけばいいのか見失う時がある。 自分が何をしたいのか、分からなくなるのだ。 そうかと思えば、こうすべきやこうでなければならないと自分を偏った価値観で縛ろうとする時もある。 人生とは選択の積み重ねである。 一度選択を間違えてしまうと自分の人生という作品が恥ずべき失敗作になったように感じるかもしれない…
生きていると急に世界がカオスに見えるときがある。 全ての意味が些末なことに感じる。そういう時は気が穏やかになる。本当は なんでもいいんだと実感して、そんな自明なことが何故分からなかったのか不思議に思う。この状態は長続きせず、気づけば義務と雑用に帰っている。 作品を鑑賞するとき、意味を重視する向きと感覚を重視する向きがある。例えば「考察」は意味的だ。ストーリーの論理的な繋がりやキャラの機微を言葉にし…
メキドの教会は、多くの人で賑わっていた。なんでも、今日は神を称える日だということで、リュウがこの教会の世話になって以来、最も多くの人々が教会を訪れていた。 リュウは広場に備え付けられている椅子に座って遠くからその様子をみていたが、どうやらフィリップ神父の説教が終わったと見えて、人々がぞろぞろと教会から出てきた。リオラとレインハルトの姿も見えた。その後ろにはたくさんの人に囲まれて挨拶を交わすフィリッ…
今から半世紀以上も前高校三年生の夏のことである。私は紀伊由良の興国寺という臨済宗の古刹に逗留していた。その寺は無門関を日本に招来した法燈国師の開いた名刹でかつては関南第一禅林と称されたほどの隆盛を誇っていたが、私が滞在していた頃は老子の他は雲水が二人いる程度の閑散としたお寺であった。そんなこじんまりとした寺だったので、私のような高校生でも投宿して修行のまねごとをすることを許してくれたのである。 ち…
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